専任教員ブログ
新たな人事制度の話
伊藤です。
岡山大学が発表した人事基本方針が話題になっていますね。おそらく最も注目を集めているのは「15年ルールでしょう」。よくこんな制度の導入が決まったな、というのが素直な感想です。
【岡山大学公式サイト「地域中核・特色ある研究大学の強化と岡山大学ビジョン2050の実現にむけて『人事基本方針』を公開しました」】
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/news/news_id14206.html
「教員の配置換えの適切な実施」とは何ぞやと改めて考えると、なかなか難しいなと実感します。私は特殊な働き方をしているので、一般的な大学教員に対する指標で評価をしたら、恐ろしくパフォーマンスの悪い教員と判断されるかもしれません。ですが、決して仕事をしていないとかさぼっているとかいうわけではなく、私は私の守備範囲の中で働いているわけです。「第3の専門職」と呼ばれることもありますが、こういう働き方をする教員がいないといろいろ回らないというのが今の大学の実情だと思っています。
ただ、例えば授業を何コマ担当しているとか、研究論文を何本書いたとかいったようなわかりやすい話にはなり得ないので、傍からは見えにくいしわかりづらいのは間違いありません。提案資料の作成といったことは頻繁に業務として行っていることのひとつですが、その資料を実際に目にするのはある委員会の委員20数人というくらいが最大で、教育担当理事1人しか目にしないものも山ほどあります。別に機密事項ではなくても、公にする段階ではない話の場合はそうなるのです。こうしたことも私にとっては仕事ですが、理事以外誰にも見えないし、知られることもありません。
こういう構造上、私がどんな仕事をしているか、何に時間を費やしているかを最も把握しているのは教育担当理事ということになります。この形に良いところがあるとすれば、現在の私の主担当組織である総合教育機構の機構長が教育担当理事のため、要は上司がわかってくれているという安心感をもって仕事ができるという点でしょう。こういう立場を担うセンターの位置づけはいろいろあると思いますが、名称はともかく、教育担当理事直下に組織があることの意義のひとつだと思います。
岡山大学の人事方針に戻って気になったのは、配置転換先ですね。本人の同意に基づいての配置転換とのことですので無理やり配置換えされることはないのでしょうが、配置先の同意はどうなのかという点が気がかりです。なぜなら、教員としての教育や研究能力に問題があると判断されるような場合、その人の管理運営能力や事務能力にも問題がある可能性は十分あるだろうと思うからです。教員として十分な仕事ができなかったと判断された人が、他の立場においてうまくできる保証はないのではないでしょうか。その点を考えると、岡山大学の人事方針は、十分な成果といえるだけの結果を残せる可能性はもちろんあるものの、問題の所在が変わるだけになる危険性もはらんでいる気がしました。今後、情報が出てくることはないかもしれませんが、気になるところです。
先ほど、京都ノートルダム女子大学募集停止の報道が出ました。こういうことは今後も続くのだろうと思わずにはいられません。また、私がお世話になった名古屋大学高等教育研究センターも、昨年度と比べスタッフ数が激減しており、衝撃を受けました。大学を取り巻く状況に明るい兆しは見えません。