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専任教員ブログ

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令和7年度第1回教学IR研修会を開催しました

 伊藤です。

 標記の件について、大学院医歯学総合研究科の横尾先生にお話しいただきました。心より感謝申し上げます。

 医学部医学科においては、非常にハードな分野別認証評価との関係で教学IRの推進が求められていると理解しています。分野別認証評価の訪問調査の際には、私もお声がけいただき、参加させていただきました。結果としては座っているだけで終わりましたが、机に置かれた分厚い資料を見ただけで「お疲れさまです!」と言わずにはいられない、受ける側と審査する側双方の負荷の重さを感じました。

 大学に対しては様々な評価の仕組みが整備されていますが、あまり意義や効果を実感したことはありません。何かしらあるのでしょうが、なくてはむしろ困るのですが、私の日常的な感覚では、仕事は増えたけれども何か良いことはあったのだろうか、というのが正直なところです。教育の質保証や大学の社会的説明責任は理解できるけれども、これはその方法として妥当なのだろうかと思うことの方が多いです。
 今や私学の6割は定員割れという状況ですが、国立大学も国立大学協会が声明を出すくらいしんどい状況です。予算は減り、人も減り、しかし仕事は増えています。新しいことを始めるわけでなくても、今より研究成果を上げようとするのであれば、予算も人も時間も必要です。
 先日、また我が国からノーベル賞受賞者が現れました。そのたびに言われるのが、基礎研究の重要性とその支援の必要性です。毎回毎回同じことをいわれている、言わせている状況を、一体どう受け止めたらよいのだろうかと複雑な気持ちになります。とにかく予算を増やせという単純な話をするつもりはありません。そうできればよいのでしょうが、それが容易でないことは重々承知です。それでも、必要なものは減らされる一方なのに成果だけ出せと言われても、それは無理ですよというだけの話です。

 医学部医学科の分野別認証評価は、医療のグローバル化という世界的状況の中で、いかに世界標準の医学教育を提供していくかという課題に対応したものなのだと思います。そのために教学IRが充実し、データに基づく教育改善が図られるのは、基本的には良いことだと思います。
 その一方、あの分厚いファイルに現れていたように、評価に関する作業量が過重なのではないかという疑問が湧きます。それでは結果的に、教育改善に使える時間や労力を奪うことになってしまいます。本末転倒なのではないでしょうか。

 医学部医学科のような国家資格につながる学部学科の場合、国家試験に合格できるだけの「能力」を身に付けさせる必要がありますし、卒業後に専門職として仕事ができるだけの「能力」「技術」を修得しておいてもらわなければなりません。そのときに「成果」を具現化してもらう必要があります。
 しかし、教育という営みは、その成果がいつどこで表れるかを規定できないところがあります。すべての成果を卒業時に可視化できるはずがありませんし、そもそも可視化できる「成果」ばかりでもないでしょう。「学修成果・教育成果の可視化」の重要性が指摘される中、それは一体何のためなのか、何を可視化することが有意義な評価やその後の改善につながるのか、考える必要があるのではないかと。

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