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専任教員ブログ

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大学は減らせるか、減らしてよいか

 伊藤です。

 財務省が、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会の分科会で、2040年までに少なくとも250校、学部定員にして14万人程度を減らす必要があるとしたとの報道がされています。具体的な数値目標を公表したのは初めてということで、それなりのインパクトがある話です。文部科学省「学校基本調査」によると、2025年度での大学数は812校でしたので約3割減、学生数については、約2,972,000人でしたので4.7%減ということになります。大学数や学生数の数え方については、募集停止しているところを外していたり、大学院生は外していたりなどデータによって多少の違いはありますが、割合的にはさほどの違いはないでしょう。また、大学数の減り方のわりに学生数の減り方が小さいのは、想定されている撤退対象の大学が小規模校だからだと考えられます。

 ちょうど同じようなタイミングで、金城学院大学が名古屋学院大学と経営統合したうえで共学化という報道もありました。私は岐阜県の出身なので、どちらの大学も耳慣れた名前です。学校法人金城学院は幼稚園から大学・大学院まで有しているので、エスカレーターで上がってきた人を「純金」と呼ぶと聞いたことがありますが、本当にそう呼ばれているのかは不明です。ただ、そんな呼び名もしくは都市伝説があるくらい歴史や伝統のある学校法人だということでしょう。

 さて、こういう話が出てくると常に思うのですが、財務省であれ文部科学省であれ、経営状態が厳しい大学に撤退を促しているという意味では方向性は同じだと思います。定員割れの私大の数が増えていること、今後18歳人口はさらに減っていくことなどが先述のような数値目標の背景にあるわけですから、統合できるところは統合して縮小できるところは縮小していく、という意味で、金城学院大学と名古屋学院大学の経営統合というのはこの路線にはまったといえるのでしょう。

 ただ、全ての経営状態が良くない大学が経営統合相手を見つけられるわけではありません。露骨な言い方をすれば、「引き取り手のない大学」というのもどうしても出てくると思います。定員の割り方が尋常ではないとか、近隣に引き取れるだけの余力のある学校法人がないとか、いろいろな理由はあるでしょうが、撤退しようにもできない大学というのもあると思うのです。

 大学を畳むとなると、卒業証明書の発行業務の引き受け手は少なくとも見つける必要がありますし、今そこで働いている教職員の処遇も問題になります。母校を失うことになる卒業生に対してどう説明するのかなど、考えなければならないことだらけです。撤余裕のある間の撤退支援として専門家チームの派遣や財政支援が進められてはいるものの、それで撤退が急速に進むかというと、そんなことはないでしょう。

 250校・14万人減らす必要があるとするのであれば、様々な撤退支援策を講じても今もなお撤退する大学の数が増えていない現状に対し、わかりやすい支援策以外にも撤退という判断を可能にするための心理的な支援も必要なのかもしれません。

 もちろん、250校・14万人減というのは財務省的観点からの数値目標なので、それが我が国の高等教育として妥当かどうかは問う必要があります。何事も鵜呑みにするのは望ましくなく、正しく疑う必要があります。定員割れで経営状態が厳しい大学であっても、とにかく維持させるのが問答無用で善だというつもりはありません。ですが、そこに一定数の若者がいることで成り立っている地域も確実にあります。そこにある大学がなくなることで、高等教育への進学が不可能になる子どもがいるかもしれない。地域の過疎化がさらに進行するかもしれない。いろいろな可能性があり得ます。大学が減ることで、研究者を志そうとしていた人が離脱していくことも考えられるでしょう。

 どんな数値目標が出されようと、どんな支援策が講じられようと、財務省にも文部科学省にも本来的には決定権のある話ではなく、最終的にはそれぞれの学校法人の決定次第です。我が国の高等教育政策として大学数大幅削減に舵を切るのであれば、その根拠を説明する必要があるでしょうし、だからどういった大学をどうしていくのかについても説明を尽くす必要がある、とにかく減らせでは結局何も進まないのではないか、と思うところです。

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