専任教員ブログ
東京大学の次期総長(学長)予定者が話題になっています
伊藤です。
標記の件について、何だかざわざわしていますね。話題になっているというのはそういう意味なのですが、ポジティブな話題というより、疑問の声や苦言が目立つのが、大学で働くひとりとして残念な思いです。
なぜそんなことになっているかというと、おそらくポイントは2つで、1つは学内意向投票(第2回)の結果、第2位の候補は第1位の候補にダブルスコアの票差であったにもかかわらず、第2位の候補が選出されたことです。これは、私も勤務大学では投票をする立場なので、「だったら何のための意向投票なんだ!?」と言いたくなっても不思議ありません。
数か月前の京都大学もそうでしたし、私の勤務大学でもそうですが、意向投票第1位の候補が選出されない事例はもはや珍しくなくなっています。私自身、意向投票第1位を必ず選ぶべきだとは必ずしも思っていません。様々な要素を検討した結果として、第2位あるいは第3位の候補が選出されることもあり得ると思います。
ただ、これは第1位の候補を選出した場合でも当てはまる話ですが、特に第2位や第3位の候補を選出したのであればなおさら、なぜその候補を選出したのかを総長選考・監察会議はきちんと説明する必要があると思います。「総合的に判断した」は何も間違いではないのでしょうが、それで何が説明できているかというと、ほぼ何も伝わりません。全ての人の納得を得ることはできないとしても、総長選考・監察会議としてそう判断した理由について、要点だけでも説明するのが責任なのではないでしょうか。
この説明が十分だと思われないと、選出された新総長はネガティブな空気からの門出になりますよね。それはあまり望ましいことではないと思います。そういう状況に至らせないためにも、総長選考・監察会議は説明責任を十分果たす必要があるのではないでしょうか。
もう1つは、選出されたのが女性だったということです。大学の学長にそもそも女性は少なく、国立大学に限っていえば、さらに少ないです。琉球大学の喜納育江先生が学長に就任された際には、琉球大学で初の女性学長であるということにとどまらず、医学部・大学病院をもつ国立の総合大学の女性学長であるということで話題になりました。
そして、今回は東京大学です。「東大王」というテレビ番組が成立するくらいですから、我が国において東京大学は特異な位置にあり続けています。その東京大学で女性が総長の地位に就くというのは、それなりのインパクトを持ちます。だからこそ、第1のポイントに対して「女性だから選ばれたのか?」という疑問の余地を生んでしまっているのは残念です。総長選考・監察会議議長は否定していますが、ただ否定するだけでは「だったらなぜダブルスコアの第2位候補を選んだ?」という疑問には十分答えられていません。「女性だから選ばれたんだよね?」と思わせてしまう、思わせたままにしてしまうのは、これもやはり望ましいものではないと思います。
そう考えると、意向投票だけで決まっていたときの方が疑問の余地がなくシンプルでしたね。そのほうが、大学で仕事をする立場としては、自分たちで選んだということで、一定の責任感につながる気がします。
もっとも、大半の教職員にとっては学長が誰かということは日常的にはあまり関係ありません。私の場合、学長より教育担当理事の方が圧倒的に重要です。そんなことを考えると、学長選考はどこまで意味があるのだろう、そこで働く教職員がどこまで、どのように関与するのが良いのだろうと改めて考えてしまいます。

