トップページトピックス【水産】黒潮の水温上昇が南九州・南西諸島地域で梅雨期の降水を強化 ~近年40年間のトレンドの検出~

【水産】黒潮の水温上昇が南九州・南西諸島地域で梅雨期の降水を強化 ~近年40年間のトレンドの検出~

[記事掲載日:24.02.02]

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 本学水産学部の中村 啓彦 教授・喬煜翔特任研究員と熊本大学大学院先端科学研究部の冨田 智彦准教授 の共同研究グループは、近年40年間の各種気象・海洋観測データセットを解析して、南九州・南西諸島地域の梅雨期の降水量が増加している原因として、地球温暖化に伴う東シナ海の黒潮の水温上昇が深く関与していることを突き止めました。
 この結果は、米国地球物理学連合の速報誌『Geophysical Research Letters』オンライン版(2024年1月24日)に掲載されました。

研究概要

 近年、九州地方では毎年のように梅雨期に集中豪雨が発生し、各地で甚大な被害が起きている。この原因は、地球温暖化の影響を受けて梅雨期の集中豪雨の発生頻度が増しているためであると考えられる。九州地方における集中豪雨は、梅雨前線に吹き込むように南方から東シナ海上を移動する高温・湿潤な空気塊によって引き起こされる。したがって、梅雨期の東シナ海上の空気塊が地球温暖化の影響でどのように変化しているかを把握することは、将来の九州地方の梅雨期の気候変化を予測する上で極めて重要である。
 当研究チームでは、このような背景のもとに東シナ海上の梅雨期の降水について近年40年間のトレンド1)とその原因を研究し、その結果、東シナ海の黒潮流域の水温上昇が南九州・南西諸島地域の梅雨期の降水を強化している事実を発見した。以下、この事実を公表した論文(Geophysical Research Letters 2024年1月25日オンライン版に掲載)に基づいて、事実内容を解説する。(本資料の内容理解の助けとして、あらかじめ研究内容をまとめた図3の概念図を参照することを推奨する。)
 陸上と異なり海上では気象観測データが乏しいため、通常、気候変動解析には大気再解析データ2)が用いられる。当研究チームは、比較的空間解像度がよい欧州中期予報センター(ECMWF)の大気再解析データ(ERA5)を用いて主要な解析を行った。そして、ERA5から得られた事実関係を検証するために、その他のデータとして人工衛星観測データ(CMAP)や米国環境予報センター(NCEP)の大気再解析データ(NCEP/DOE Reanalysis 2)などを利用した。
 梅雨の降水域は、梅雨前線の北上に伴い、5月から7月にかけて南西諸島南部から九州北部へと移動する。本研究では、5月から7月の東シナ海周辺の降水量について、各月の40年間のトレンド解析を行った。その結果、6月の降水量に顕著な増加トレンド(95%信頼度で有意)が検出されたため、6月の東シナ海周辺の大気・海洋環境について解析を行った。他の月に比べて6月に顕著な降水量の増加トレンドが検出された理由は、梅雨前線の季節的北上に伴い、6月に梅雨前線の位置が黒潮の位置に最も重なり易いこと、さらに7月になると日射による海面加熱の影響で黒潮の高温効果が弱くなることによると考えられる。
 降水量と対流性降水量3)、および海面水温について、検出された40年間の6月のトレンドを図1に示す。まず、図1cより海面水温のトレンドは東シナ海の黒潮に沿って極大値をとることがわかる。また、図1aより降水量のトレンドは東シナ海の黒潮付近で極大になっていることがわかる。東シナ海の黒潮に沿って降水量のトレンドが極大をとる傾向は、対流性降水量(図1b)に着目すると極めて明瞭である。
 黒潮流域(図1bの黒枠領域)で平均した諸量の時系列(図1d-f)をみると、6月の降水量(図1d)は、黒潮流域で40年間に約2倍(7mm/日から14mm/日)に増加していることがわかる。増加した降水量のうち約55%は黒潮上の対流性降水量(図1e)に由来しており、残りは広域降水システムに関連した降水量である。一方、図1fより6月の黒潮の海面水温は40年間で約1℃上昇したことがわかる。既存研究と比較すると、黒潮上の対流性降水の約51%は黒潮の海面水温上昇に直結していると推測される。海上で起こっているこの現象は、南西風を介して南西諸島と南九州の陸域の6月の降水量の増加トレンドにつながっている(図2)。
 東シナ海の黒潮流域の海面水温の上昇率が周辺海域よりも高い事実は、地球温暖化の影響研究に関連して従来から指摘されていた。その理由は、地球温暖化に伴い黒潮源流域(フィリピン諸島の太平洋側)の水温が大きな増加トレンドをもつため、移流効果で黒潮に沿って海面水温の上昇率が高くなると推測されている。高い海水温上昇率をもつ黒潮流域で、高温・湿潤な南西風が収束して上昇気流を起こし対流性の降水が強められていることが、当研究チームの水蒸気量の収支解析よりわかった。黒潮上の対流性降水は、水蒸気の凝結による潜熱放出により強い上昇気流を形成するため、雪だるま式に温暖・湿潤な南西風をより多く引き込み降水強化に拍車をかけていると考えられる(図3)。
 東シナ海の黒潮の6月の海面水温は、近年の40年間で約1℃上昇した。地球温暖化によって、今後さらに黒潮の水温が上昇することを考えると、これまで以上に東シナ海の黒潮流域の大気・海洋観測の重要性は増すことが指摘される。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金/新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」に関連して行われた(科研費番号:JP22H04489、JP20H05169)。

発表論文

雑誌名:Geophysical Research Letters
題目:Warming of the Kuroshio Current over the last four decades has intensified the Meiyu-Baiu rainband(和訳:近年40年間の黒潮の水温上昇は梅雨前線を強化した)
著者:Qiao, Y.-X., Nakamura, H., & Tomita, T
DOI:https://doi.org/10.1029/2023GL107021

用語解説

注1)トレンド: 一方向の変動傾向。統計学的には回帰直線の傾き(変化率)で評価される。
注2)再解析データ: 過去の一定期間の大気状態(各気象要素の時間・空間の4次元分布)を、観測データと数値モデルを組み合わせてデータ同化という手法で再現したもの。時間空間的に離散的な観測データを、統計的に、かつ力学的に整合的なデータセットに編集することができる。気象学、海洋学で利用されている。
注3)対流性降水: 重力的に不安定な大気状態において鉛直対流により雲が形成されて起こる降水。典型的には、積乱雲とそれに伴う降水が対流性降水にあたる。上昇気流を起こしやすい条件(山や高い海面水温域)があり、上昇する空気塊に水蒸気が大量に含まれていると、水蒸気の凝結に伴う潜熱の放出が起こり易く対流の発達が促進される。


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図1.大気再解析データERA5から検出された,6月の(a, d)降水量トレンド,(b, e)対流性降水トレンド,(c, f)海面水温トレンド.降水量は6月平均日降水量(mm/dy)である.(a, b, c)カラー:40年間の1年当たりの変化率.等値線:40年間の平均海面水温(等値線が舌状に北東に延びている海域が黒潮).(d, e, f)縦棒:6月平均値の時系列.直線:トレンド(いずれも95%信頼度で有意).




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図2.那覇と鹿児島における6月の日平均降水量の時系列(縦棒):(a)那覇,(b)鹿児島.直線は40年間のトレンドを示す(いずれも95%信頼度で有意).



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図3. 黒潮の水温上昇が南九州・南西諸島地域で梅雨期の降水を強化するメカニズム.
6月に梅雨前線は東シナ海の黒潮(黒線)に最も重なる(カラーは6月の降水分布を示す).黒潮水の高温効果により黒潮上は周りに比べて気圧が低いため,梅雨前線に向けて吹き込んできた南西からの高温・湿潤な空気塊は黒潮上で効果的に収束し上昇気流を起こす.そのため,黒潮の水温が上昇すると,黒潮上の上昇気流が強化され流対流性降水が助長される.