トップページトピックス【博物館】農林水産学研究科の院生がチワラスボ属の絶滅危惧2種の形態・分布・生態を明らかに―保全への第一歩―

【博物館】農林水産学研究科の院生がチワラスボ属の絶滅危惧2種の形態・分布・生態を明らかに―保全への第一歩―

[記事掲載日:21.08.02]

 
 総合研究博物館の研究チームが、九州南部を中心とした国内外におけるチワラスボ属魚類の生息状況を明らかにし、和名のなかったTaenioides gracilis(テニオイデス・グラシリス)に対して、体が鈍く金色に輝くことに因む新標準和名コガネチワラスボを提唱しました。本研究の成果は、同館の発行する査読付き和文誌Ichthy, Natural History of Fishes of Japanで2021年7月26日に出版されました。
 
 チワラスボ属魚類は有明海で有名なワラスボに近縁なハゼの仲間で、細長いウナギのような体や下顎に生えた3対のヒゲなどが特徴的です。日本に生息する“チワラスボ”は長く1種とされていましたが、2012年に4種の“チワラスボ”が日本国内に生息することが明らになりました。しかし、その後に国内において“チワラスボ”とされてきた報告がそれぞれどの種にあたるのか、これまでに検討されていませんでした。本研究では、鹿児島県に生息するチワラスボ属魚類がチワラスボTaenioides snyderiとコガネチワラスボTaenioides gracilisの2種であることを明らかにし、九州南部を中心とした国内外における両種の分布、形態、生態に関する新知見を報告しました。
 
 前述のとおりチワラスボ属の分布は詳細が不透明でしたが、本研究で収集した標本に加えて過去の文献を調査した結果、鹿児島に生息する2種のうち、チワラスボは中国大陸から台湾西岸と九州から東京湾の日本温帯域に分布し、コガネチワラスボはインド・西太平洋に広く分布することが今回明らかとなりました。この2種は共に九州沿岸に生息し、鹿児島県本土では同所的にみられることもあります。チワラスボ属魚類が生息する環境の良い干潟は、埋め立て等によって減少傾向にあるとされています。それに伴い、環境省のレッドリストや各都道府県のレッドデータブックにおいて“チワラスボ”は絶滅危惧種に指定されていますが、多くはチワラスボ属の複数種が混同されたまま指定されていました。本研究における調査の結果、2種が好む環境はそれぞれ異なり、今後は種ごとに適した保全対策が必要であることが分かりました。
 
 チワラスボ属各種の識別には下顎のヒゲの本数と配置や,鰭条(鰭を支える傘の骨の様なもの)の数が重視されていましたが,これらは既知の知見より幅のある変異をもつことが本研究により明らかとなりました。種の判別(同定という)には先行研究においても示されてきた頭部の感覚器の配置と組み合わせた総合的な判断が求められると考えられます。このほか、本研究ではチワラスボ属が干潟の環境に適応するために空気呼吸を行っていることや、満潮時には巣穴の外で摂餌していること、コガネチワラスボに酷似する学名不明種がタイ湾に生息することなども、本研究で分かりました。鹿児島県には「良い干潟」がまだ残されているため、身近な川の河口でもチワラスボの仲間が作った巣の塚を目にすることが出来ます。
 
 本研究で使用したチワラスボ属魚類約140標本は鹿児島大学総合研究博物館に学術標本として所蔵されています。チワラスボ属の分布が不明確だった理由として、詳細な記述のなされた先行研究が乏しいこと、記録の根拠となる標本の所在が不明であることなどが考えられます。チワラスボのように研究が進んだ結果、1種だと思われていた種が複数種として認識されることは決して少なくありません。公的研究機関に所蔵された学術標本であれば、こうした種の細分化が行われた場合においても過去に報告された種が何であったのかを再確認することが比較的容易となります。同定の再現性が担保されているかどうかは、自然史研究が科学であるための重要な要素の1つです。
 
 
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コガネチワラスボ(新称)(総合研究博物館所蔵標本)
 
 
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チワラスボ(総合研究博物館所蔵標本)
 

【論文情報】


〈著者名〉

是枝伶旺・本村浩之

〈タイトル〉

コガネチワラスボ(新称)とチワラスボ(ハゼ科チワラスボ属)の鹿児島県における分布状況,および両種の標徴の再評価と生態学的新知見

〈雑誌〉

Ichthy, Natural History of Fishes of Japan

〈DOI〉

10.34583/ichthy.10.0_75
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