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【水産】 黒潮生態系を支える複雑な食物網の仕組みを解明

[記事掲載日:21.12.06]

 鹿児島大学水産学部水圏科学分野の小針研究室・久米研究室の研究グループは、既存の技術では解明できなかった「黒潮生態系における複雑な食物網の仕組み」を明らかにしました。鹿児島大学練習船により黒潮域から多様な動物プランクトンを採取し、微量な消化管内容物からも定量的に検出・識別できる遺伝子解析によって、植物プランクトンだけでなくこれまで見過ごされてきた動物プランクトンの糞やゼラチン質動物プランクトンも餌料源であること、補足的な餌への嗜好度のちがいによって餌に対する資源分割を可能にしていること、優占するカイアシ類に加えてこれまで過小評価されてきた尾虫類・ヒドロ虫類が食物網におけるエネルギー経路の重要なハブであることを発見しました。これまで、貧栄養で餌が少ない黒潮を多くの回遊性魚類が利用する現象は「黒潮パラドックス」と呼ばれ大きな謎とされてきました。今回の発見は、黒潮域におけるこのような食物網構造が魚類への安定的なエネルギー供給を促し、飢餓に対して脆弱な仔魚を育むのに適している可能性を示唆しており、黒潮パラドックスを解く鍵の1つであると考えられます。
 本研究は東京大学との共同研究により、文部科学省国家基幹研究開発推進事業により行われました。本研究成果は、英国科学誌Scientific Reportsのオンライン版にて12月1日に公開されました。
 
【本研究のポイント】
  1. 我が国の水産資源を育む黒潮生態系の食物網の仕組みを調べる研究です。
  2. 微量な組織片からも多様な生物群を定量的に検出・識別できる遺伝子解析技術を駆使し、動物プランクトンの消化管内容物に含まれる生物群を特定することで、黒潮生態系の複雑な捕食被食関係とエネルギー経路を解明しました。
  3. 動物プランクトンは植物プランクトンだけでなく、動物プランクトンが排泄した糞やゼラチン質動物プランクトンも餌として利用していることが発見されました。
  4. 近縁の分類群間では主要な餌は類似しても、ゼラチン質動物プランクトンに代表される補足的な餌への嗜好度を変化させることによって、餌に対する資源分割を可能にしていることが分かりました。
  5. 数量的に優占するカイアシ類に加え、これまで過小評価されてきた尾虫類・ヒドロ虫類が食物網のエネルギーを集積・分配する重要なハブであることが解明されました。
  6. このような黒潮域の食物網構造が魚類への安定的なエネルギー供給を促し、飢餓に対して脆弱な仔魚を育むのに適している可能性があります。
 
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【背景】
 海洋生態系を支える栄養塩やプランクトンが少ないため、これまで黒潮は海の砂漠と考えられてきました。これは魚類の索餌海域としては適さないことを示唆しますが、我が国の水産資源を支える多くの回遊性魚類(イワシ類、アジ・サバ類、ブリ・カンパチ類など)は黒潮を使って成長し、黒潮とその周辺海域で多く漁獲されることが知られています。一見して矛盾するこの現象は、「黒潮パラドックス」と呼ばれます。これら回遊性魚類の仔魚は飢餓に弱く死亡率が高いため、黒潮で索餌回遊する戦略は大きな危険をはらんでいるはずですが、なぜこのような生活史戦略が自然淘汰されてきたのかは未だよく分かっていません。
 
【研究内容】
 私たちの研究グループは、これまでの概念とは逆に、黒潮には未だ知られていない餌料源やエネルギー経路が存在するはずと考えました。しかし、世界的にも種多様性の高い黒潮において、魚類の餌となるメソ動物プランクトンの餌生物の特定やエネルギー経路の探索には、高度な生物分類技能や膨大な労力・時間を要するだけでなく、既存の技術では定量的な評価が困難でした。そこで、鹿児島大学練習船により黒潮域から採取したメソ動物プランクトンの消化管内容物を解剖して摘出し、微量な組織片からも多様な生物分類群を定量的に検出・識別できる遺伝子解析技術を駆使することで、この技術的なハードルを克服しました。注目したのは、水深が急激に浅くなり多くの島嶼が存在する九州南方のトカラ海域です。この海域では、黒潮の強流が島嶼に作用して表層に栄養塩が供給され、増大した植物プランクトンが微小動物プランクトンを経由してメソ動物プランクトンに消費されることが確認されています。従って、メソ動物プランクトンの多くは植物プランクトンや微小動物プランクトンを餌とし、これらが魚類への主なエネルギー経路であるはずだと考えました。
 本研究では、既往知見や私たちの予想とは異なる結果が得られました。メソ動物プランクトンの消化管内容物には植物プランクトンだけでなく、これまで過小評価されてきたゼラチン質動物プランクトンや動物プランクトンが排泄した糞が餌として利用されていることが分かりました。このように定量化された餌組成についてメソ動物プランクトン分類群間で比較すると、近縁の分類群間では主要な餌は類似しても、ゼラチン質動物プランクトンに代表される補足的な餌への嗜好度を変化させることによって、餌に対する資源分割を可能にしていることが分かりました。また、餌組成および餌出現頻度を使ってメソ動物プランクトン分類群間で捕食被食関係を構築すると、数量的に優占するカイアシ類に加え、これまで過小評価されてきた尾虫類・ヒドロ虫類が食物網のエネルギーを集積・分配する重要なハブであることが解明されました。これらの結果は、この食物網構造が魚類への安定的なエネルギー供給を促し、飢餓に対して脆弱な仔魚を育むのに適している可能性を示唆しています。
 
【今後の展開】
 これまで、生産力の指標とされる栄養塩やプランクトンが量的に少ないために、黒潮は水産資源を育む海としては不適切と考えられてきました。しかし、私たち研究グループでは鹿児島大学練習船を効果的に利用した海洋観測と洋上実験、最先端技術を駆使した標本解析を行い、黒潮には多様な栄養塩供給システムがあること1,2、これら栄養塩供給によって植物プランクトン生産力が増大すること3、この増大した植物プランクトンは微小・メソ動物プランクトンに消費されること4,5が次々と明らかとなりました。本研究では、メソ動物プランクトンが獲得したエネルギーが多様な分類群に分配・再利用されることで、頑強な食物網が構築されていることが解明されました。今後、同様な解析によって動物プランクトンから魚類へのエネルギー経路が判明すれば、多様な魚類が共存しながら成長できるメカニズムが解明されるはずです。これまで「海の砂漠」と考えられてきた黒潮は、多様な魚類を育む「豊穣の海」という概念に変わるかもしれません。
 
 
 

【タイトル】

Metabarcoding analysis of trophic sources and linkages in the plankton community of the Kuroshio and neighboring waters
黒潮および近隣海域におけるプランクトン群集の餌料源と食物網構造のメタバーコーディング解析
 

【著者】

Toru Kobari, Yusuke Tokumo, Ibuki Sato, Gen Kume and Junya Hirai
小針統1・徳毛雄亮2・佐藤伊吹1・久米元1・平井淳也3
  1. :鹿児島大学水産学部
  2. :鹿児島大学農林水産学研究科
  3. :東京大学大気海洋研究所
     

【掲載誌・DOI】

Scientific Reports, 10.1038/s41598-021-02083-8 (2021年12月1日公開)