トップページトピックス【医歯研】急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路を同定

【医歯研】急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路を同定

[記事掲載日:22.01.12]

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 大学院医歯学総合研究科の城山助教、奥野教授らは、東京大学医科学研究所、東京大学先端科学技術研究センターおよび東京大学大学院医学系研究科と共同で、急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路を明らかにしました。ストレス耐性の分子的・神経回路的実体を特定した本成果は、今後の応用に大きく貢献すると期待されます。
研究の背景
 長期間の強いストレスが心身に強い悪影響を及ぼすことは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を例にとるまでもなく広く知られています。一方で、短時間の比較的軽いストレス経験によっても、その後数分~数時間において心身の状態が乱れることはほぼ全ての人が経験されていることと思いますが、その分子・神経回路の実体はあまり知られていません。
 これまで百種以上知られている神経ペプチドのひとつであるGRPは扁桃体外側核(LA)で強く発現しています(図1)。またGRPは20分程度の拘束ストレスにより神経伝達物質としての放出が促進されることが知られています。LAは音などの感覚刺激や電気ショックなどの嫌悪刺激を受容して基底核(BA), 中心核 (CeA), ASTなどに神経投射しつつ情動的な記憶を司ると考えられていることから(図1)、ストレス下における情動制御に大きな役割を果たすと予想されます。
 そこで当研究グループは、GRP遺伝子が欠失したマウスを作製し、短時間のストレスの有無における行動変化を解析しました。
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図1
研究の概要・結果
 GRP遺伝子の欠損マウスにおいて音と電気ショックを同時に与え、音に対する恐怖記憶をすくみ反応時間を指標にして解析しました。その結果、通常時は、GRP遺伝子欠損マウスもGRP遺伝子を保有するマウス(野生型)も、すくみ反応時間に顕著な差がありませんでした(図2、左)。一方で、マウスを20分間拘束し、動けなくすることでストレスをかけ、恐怖学習テストを行ったところ、GRP欠損マウスで過度なすくみ反応を示しました(図2、右)。
 以上の結果は、GRPがストレス下にて過度な情動表出を抑制することを示します。
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図2
 このストレス下での情動学習を担う脳神経回路を同定するため、我々は神経活動に伴いその発現が亢進する最初期遺伝子であるArcのプロモーターを利用した、Arc-Venus 遺伝子導入マウスを導入しました(図3上)。このマウスを用いると、活動した神経細胞がその後数時間にわたって蛍光を発します(図3下左)。更に我々は、脳試料を透明にすることで活動した神経細胞の蛍光を検出し易くし、緻密で詳細な神経活動解析方法を確立しました(図3、下右)。
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図3
 GRPが発現するLAは扁桃体における情報の入り口であり、基底核(BA)や中心核(CeA)を含む多くの脳部位に神経伝達していることが知られています(図1、矢印)。そこで我々は、これらの部位を含む扁桃体のほぼ全領域での神経活動解析を行い、活動した神経細胞を扁桃体の疑似的マップ上にプロットしました(図4)。無処置、ストレス無しの恐怖学習、およびストレス下で恐怖学習を行った野生型マウスでは、それぞれ個性的な扁桃体内での神経活動パターンの変化を示します(図4)。またGRP欠損マウスでは、野生型と比較して神経活動パターンの変化が示唆されます(図4)。
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図4
 プロット上で神経活動に変化がありそうな部位を切り出して詳細な再解析を行ったところ、ASTでのみ、ストレス下での恐怖学習時に活動した神経細胞が増加し、更にGRPの欠損によってその増加が消失することが判明しました(図5)。この結果は、ASTの神経細胞のみがストレス下での恐怖学習により活性化し、その活性化の要因がGRPにより担われることを示します。
 以上の結果から、急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路が同定できました。
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図5
今後の展開
 本研究結果で、神経ペプチドGRPや扁桃体近傍に存在する脳領域であるASTの役割が解明されたことにより、急性ストレス下での耐性を司るメカニズムの研究が大きく飛躍することが見込まれます。近年、脳領域特異的な神経活動操作による脳機能研究が大きく発展しています。ASTはとても小さな脳領域であり、この部位に特異的な神経活動操作は極めて困難な状況にありますが、各種遺伝子操作法を駆使して達成すべく研究を進めているところです。
論文情報
【タイトル】
Gastrin-releasing peptide regulates fear learning under stressed conditions via activation of the amygdalostriatal transition area
【著者】
後藤 史子、城山 優治(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科/責任著者)、小川 糸音、奥野 浩行(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)、市瀬 多恵子、市瀬 広武、
穴井 元暢、児玉 龍彦、吉田 進昭、尾藤 晴彦、真鍋 俊也(責任著者)
【掲載誌】
Molecular Psychiatry
【DOI】
10.1038/s41380-021-01408-3