トップページトピックス【ヒトレトロ】新型コロナウイルス感染前の中和抗体価とオミクロンBA.5株への感染リスク及び後遺症との関連についての研究

【ヒトレトロ】新型コロナウイルス感染前の中和抗体価とオミクロンBA.5株への感染リスク及び後遺症との関連についての研究

[記事掲載日:23.09.27]

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 本学ヒトレトロウイルス学共同研究センター抗ウイルス療法研究分野の松田幸樹准教授、前田賢次教授の研究グループは国立国際医療研究センター(NCGM)の山本尚平主任研究員・溝上哲也部長(臨床研究センター疫学・予防研究部)、大曲貴夫センター長(国際感染症センター)らとの共同研究で、新型コロナウイルス感染前の中和抗体価とオミクロンBA.5株への感染リスク及び後遺症リスクとの関連を調べた研究成果が、米国感染症学会学術誌「The Journal of Infectious Diseases (IF: 6.4)」に2023年9月26日に掲載されました。


1. ポイント

・従来型mRNAワクチン3回接種者において、オミクロンBA.5株に対する中和抗体価が高いことは同株への感染リスクの低下と関連していました。
・オミクロンBA.5株感染者において、感染前の中和抗体価の高さは後遺症の発症とは関連していませんでした。


2. 研究の背景

 まだオミクロン株対応型ワクチンがなかった2022年の夏、日本ではオミクロンBA.5株が大流行し、週あたりの新規感染者数は世界最多を記録しました。従来型ワクチンでもオミクロンBA.5株に対する中和抗体が多少産生されることは分かっていましたが、従来型ワクチンで誘導される中和抗体がオミクロンBA.5株の感染予防に寄与するかは分かっていませんでした。
 また、ワクチンの普及に伴い、重症化や死亡率は減少していますが、罹患後に後遺症が残る人が多いことが問題視されています。これまでのところ、感染前の中和抗体がコロナ後遺症に予防的な役割があるか否かついては明らかにされていませんでした。


3. 研究の方法

 2022年6月の新型コロナウイルス抗体調査に参加した国立国際医療研究センター (NCGM) 職員のうち、調査時点で従来型のmRNAワクチンを3回接種し、かつ最後の接種から6カ月以上経過していた人を対象に、抗体調査後に生じたブレイクスルー感染に関する症例対照研究を実施しました。オミクロンBA.5株流行期(2022年7~9月)に感染した243名と、各感染者と背景要因をマッチさせて選んだ非感染者243名との間で、感染前(2022年6月時点)の野生株とオミクロンBA.5株に対する中和抗体価(注1)及び抗RBD抗体価(注2)を比較しました。感染者については、感染前抗体価とコロナ後遺症(注3)との関連を調べました。


4. 研究の成果

 感染前の中和抗体価及び抗RBD抗体価は、非感染群よりもブレイクスルー感染群で低いことを明らかにしました(図1)。感染群の中和抗体価は対照群と比べて、野生株で64%、オミクロンBA.5株で72%低下していました(図1C, D)。


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図1  ブレイクスルー感染群と非感染群における感染前の抗RBD抗体価と中和抗体価の比較
ブレイクスルー感染群(243人)と対照群(243人)における感染前のAbbott社試薬(A)およびRoche社試薬(B)で測定した抗RBD抗体価を比較。243組のマッチングペアから無作為に選んだ50組のマッチングペアにおける野生株(C)、オミクロンBA.5株に対する中和抗体価の比較。


感染群において、感染前の抗体価はコロナ後遺症の発症とは関連していませんでした(図2)。


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図2  感染前の抗体価と後遺症との関連
ブレイクスルー感染群のうち、2022年12月の追跡調査に参加した者に対して、後遺症の有無を調査。感染前のAbbott社試薬(A)およびRoche社試薬(B)で測定した抗RBD抗体価を後遺症あり群(44名)となし群(122名)で比較。感染前の野生株(C)およびオミクロンBA.5株(D)に対する中和抗体価は後遺症あり群(11名)となし群(22名)で比較。


 本研究から、感染前にオミクロンBA.5株に対する中和抗体価が高いことで、同株への感染リスクが低下することが示唆されました。一方で、感染前の抗体価は後遺症の予防には寄与しないことが示唆されました。
 本研究成果は、米国感染症学会学術誌 「The Journal of Infectious Diseases (IF: 6.4)」 に2023年9月26日に掲載されました。


5. 論文情報

雑誌:The Journal of Infectious Diseases
題名:Preinfection Neutralizing Antibodies, Omicron BA.5 Breakthrough Infection, and Long COVID: A Propensity Score-Matched Analysis
著者:Shohei Yamamoto#*, Kouki Matsuda#, Kenji Maeda, Kumi Horii, Kaori Okudera, Yusuke Oshiro, Natsumi Inamura, Takashi Nemoro, Junko S. Takeuchi, Yunfei Li, Maki Konishi, Kiyoto Tsuchiya, Hiroyuki Gatanaga, Shinichi Oka, Mizoue Tetsuya, Haruhito Sugiyama, Nobuyoshi Aoyanagi, Hiroaki Mitsuya, Wataru Sugiura, Norio Ohmagari
#Co-first author; *Corresponding author
DOI:10.1093/infdis/jiad317
URL:https://doi.org/10.1093/infdis/jiad317

6. 用語解説

(注1)中和抗体
ワクチン接種またはウイルス感染によって誘導される免疫応答により産生される抗体。ウイルス表面のスパイクタンパク質に結合新型コロナウイルス感染前の中和抗体価とオミクロンBA.5株への感染リスク及び後遺症との関連についての研究し、ウイルスの感染を阻害する機能を持つ。
(注2)抗RBD抗体
ウイルスの受容体結合ドメイン(Receptor Binding Domain: RBD)に対する抗体。新型コロナウイルスがヒトの細胞中に侵入する際に必要な部分。ウイルスはRBDを介して細胞の表面にある受容体(ACE2)に結合すると考えられている。本研究で使用したアボット社およびロシュ社試薬は、流行初期の新型コロナウイルスに対するRBD抗体。
(注3)コロナ後遺症
本研究では、感染してから4週間以上続いた症状を後遺症と定義。当初はなかった症状があとからでてきたり、症状が出たり消えた場合も含む。ただし、新型コロナウイルス感染症以外が原因と分かっている症状は含まない。
参考:CDC. Long COVID or Post-COVID Conditions.