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【農学部】日本初350万年前のチョウの新種の化石を報告!

[記事掲載日:23.10.17]

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 本学農学部 坂巻 祥孝 教授は、慶應義塾幼稚舎の相場博明教諭、高橋唯教諭らと共同でタテハチョウ科ミスジチョウ属のチョウの化石を新種として報告しました。日本から新種のチョウ化石が報告されたのは初めてです。化石が産出した地層は、群馬県上部鮮新統本宿層群馬居沢層(約350万年前)で、古くから兜岩層とも呼ばれて多くの植物化石と昆虫化石が産出することが知られていた所です。
 チョウの化石は、昆虫化石の中でもとくに珍しく世界中で成虫の化石は60個ほどしか産出していません。そのうち名前が付けられたものは40種ほどです。しかもその半分以上は19世紀の報告であり、今世紀の発見は今までわずか2個しかありません。
 ミスジチョウ属の化石は世界初の報告であり、また鮮新世という時代の新種のチョウ化石も世界初で、世界で最も新しい時代のチョウの絶滅した化石種となります。
 今回の化石の翅脈(しみゃく)の形態には、一部原始的な脈が残されており、チョウの進化を議論するための貴重な資料となる可能性があります。
 本研究の成果は、2023年10月1日発行の日本古生物学会の国際誌Paleontological Researchで公開されました。またその写真は表紙に採用されています。


本研究のポイント

 昆虫化石は、植物や貝などの化石と比べて化石として保存されることは珍しく、その中でも特にチョウの化石は極めて珍しいと言われています。化石になるためにはまず、水中に沈まなければなりません。しかしチョウは体が軽く、さらに翅に鱗粉があることで水中に沈みにくく、たとえ沈んだとしても体が柔らかいことで、魚などに捕食されたり、腐敗したりしてめったに化石として残りません。チョウが化石になり、それが発見されること自体が奇跡的な出来事です。化石は、その生物の進化を紐解くための貴重な証拠となります。今回の化石は、翅脈の形態に一部原始的な脈が残されており、チョウの進化を議論するための貴重な資料となります。



研究の経緯

 化石は、40年程前に東京学芸大学の学生だった西澤光氏が卒業論文の作成のために採集したものです。その標本の研究が千葉県立中央博物館の斎木健一氏より相場教諭に委託されました。研究を委託された当時は顕微鏡の解像度の問題で同定は困難でしたが、最近の高解像度の顕微鏡を利用した結果、今まで見えなかった翅脈や触覚の形状など詳細な形態が明らかになりました。何と鱗粉までも残されていたのです。よって、これらの形態と現生種とを比較することが可能となり、新種としてここに証明することが出来ました。標本は、化石産地である群馬県立自然史博物館に寄贈することになりました。



標本の価値・重要性

 世界的にも、これまで報告されたチョウ化石は、わずか80個、そのうち成虫の化石は64個です。そして名前まで付けられているのは42種しかありません。
 42種の内、25種は北米の始新世の地層とフランスの漸新世の地層などから19世紀に発見された古いものです。2000年以降では、中新世のドミニカのコハクの中から見つかった2個体のみしか発見されていません。
 42種の内、37種は絶滅した化石種であり、それらはすべて中新世以前の古い時代のものです。新しい時代では、日本の栃木県那須塩原市の中期更新世(約30万年前)の塩原層群からのゴマダラチョウとミヤマカラスアゲハ比較種の2種が報告されており、これが世界でもっとも古い現生種の報告です。さらに新しいものとしてはアフリカの後期更新世のコパルから3種の現生種が報告されています。
 今回の化石は、鮮新世という時代のものです。鮮新世からのチョウの化石は、ドイツから複数の標本が報告されていますが、どれも保存が悪く種まで同定されていません。よって、今回の標本は、世界で唯一の命名された鮮新世のチョウ化石であり、最も新しい時代の絶滅した化石種となります。



研究内容・成果

 チョウの化石は、全体が残されていることは稀で、翅の一部だけが残されているということがほとんどです。しかし、今回の化石は、左右の触角、頭部、口吻(こうふん)、胸部、前翅、後翅など多くの部分が残されていました (図1)。
化石の特徴は前脚が縮小し、触角に溝がありました。このことからタテハチョウ科に属することがわかりました。さらに、前翅と後翅の特徴からミスジチョウ族に属することもわかりました。
 ミスジチョウ族には、6つの属があり、日本にいるのはミスジチョウ属です。まず、これらと比較しました。その結果、下唇鬚の形態と、前翅の脈の形態が違うことがわかりました。さらに、現在の日本に生息していない他の5つの属の標本とも比較した結果、それらとも明らかに形態が異なることがわかりました。とくに化石は前翅のCuA脈が太く、全体的にやや細長いこと、そしてCuP脈がかすかに残されていることが大きな特徴でした(図2)。 CuP脈は、アメリカの始新世からの化石にも残されており、原始的な特徴を持つ脈とされています。今回の化石の形態には、タテハチョウ科およびミスジチョウ族の進化を紐解く鍵が隠されている可能性があります。

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( 図1 A:化石の写真,B:頭部拡大,C:頭部拡大スケッチ,D:口吻拡大,E:胸部鱗粉拡大,F:前翅鱗粉拡大,G, H: 左触角の写真とスケッチ, I, J:右触角の写真とスケッチ )


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( 図2 A:前翅のスケッチ(CuA脈が太く、かすかにCuP脈が認められる)B:化石から得られた復元図 )


<原論文情報>
【題名】 A new species of fossil Nymphalidae (Lepidoptera, Papilionoidea) from the Upper Pliocene Motojuku Group, Gunma Prefecture, Japan(群馬県上部鮮新統本宿層群からの新種のタテハチョウ科化石)
【著者名】Hiroaki Aiba, Yui Takahashi and Yoshitaka Sakamaki
【掲載誌】Paleontological Research
【論文 URL】 https://bioone.org/journals/paleontological-research/volume-27/issue-4/PR220018/A-New-Species-of-Fossil-Nymphalidae-Lepidoptera-Papilionoidea-from-the/10.2517/PR220018.short
【DOI】10.2517/PR220018
<用語解説>
・チョウとは
チョウと蛾は、同じチョウ目(鱗翅(りんし)目とも言う)であり、分類学的には区別がありません。一般的にチョウと呼ばれているのは、触角などの形状からセセリチョウ上科とアゲハチョウ上科、シャクガモドキ上科のことを言います。世界には、17600種ほど、日本には250種ほどが知られています。
・翅脈(しみゃく)
 昆虫の翅(はね)に見られる脈で、補強などのためにいくつかに分岐しており、分類上重視されています。
・地質年代
 始新世:およそ5600万年前から3390万年前までの時代,漸新世:およそ3390万年前から2303万年前までの時代,中新世:およそ2303万年前から533万年前までの時代,鮮新世:およそ533万年前から258万年前までの時代。