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【医歯研】脳の左右半球がつながるしくみの一端を解明

[記事掲載日:22.09.02]

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 大学院医歯学総合研究科 神経筋生理学分野 田川 義晃教授らの研究グループは、京都大学大学院理学研究科、東京大学大学院医学系研究科などとの共同研究により、脳の右半球と左半球をつなぐ重要な神経回路(脳梁投射)の形成メカニズムの一端を明らかにし、その詳細が2022 年8月25日に国際学術誌 「eLife」に掲載されました。本知見は、脳神経回路の構築原理の一端を明らかにするとともに、発達期の脳の神経活動とそれを介した神経回路形成を障害する遺伝・環境要因を明らかにする今後の研究にもつながる重要な成果と考えられます。



【概要】


 私たちの脳は右脳と左脳に分かれており、その間は脳梁という神経連絡でつながれています。脳梁は右半球、左半球でそれぞれ処理された情報を統合する役目をもち、その形成不全は様々な脳疾患に関与します。このように我々の脳の中で非常に重要な神経連絡である脳梁は、ヒトにおいては胎生期(母親のお腹の中にいるとき)に形成されますが、実験によく使われるマウスにおいては、生後の2週間ほどの期間に形成されることが分かっています。

 脳梁を構成するのは、大脳にある脳梁投射細胞の軸索であり、ヒトでは数億本の神経軸索の束からなります。脳梁投射細胞は大脳の2/3層と5層に細胞体があり、その軸索は白質を通って脳の正中部で交叉し、反対側の大脳へ投射します(図1左)。過去の研究で、発達期の脳梁投射細胞の神経活動を抑制すると、脳梁投射形成が途中で障害されることが示され(図1中央:Mizuno et al., Journal of Neuroscience, 27, 6760-6770, 2007)、脳梁投射の形成に神経活動が深く関わることが示唆されていました。

 発生・発達期の脳(具体的には生後2週間の大脳)では、様々なパターンの神経活動(自発的同期的神経活動)がみられ、神経回路の形成に重要な役割を担います。本研究では、脳梁投射の形成に、どの時期のどのような自発神経活動が重要なのかを明らかにする目的で、生後2週間の特定の時期の神経活動を操作する実験を行いました(図1右)。

 時期特異的に神経活動を操作する方法として、神経活動を抑制する分子ツールであるKir2.1イオンチャネルをDoxycyclineという薬剤で発現調節する手法、及び薬剤(clozapine-N-oxide)と人工的な受容体(hM3DGq)を用いて神経活動を誘導する化学遺伝学の手法を用いました。

 神経活動を操作しない状態では、脳梁投射は正常に形成されました。一方、生後2週間神経活動を抑制した状態では、脳梁投射は途中で障害されました。Doxycyclineを用いて生後6日目以降に神経活動を回復させると、脳梁投射が回復しました。化学遺伝学の方法で生後10日目以降の神経活動を回復させても、脳梁投射が部分的に回復しました。したがって、生後2週のうち、生後6日目以降の神経活動が脳梁投射の形成に重要であることが示唆されました。また、興味深いことに、神経活動の回復をより遅らせると、脳梁投射の回復がみられなくなることも明らかになりました。この結果は、脳梁投射形成が神経活動を必要とする時期は限られていること、つまり「臨界期」があることを示唆します。

 最後に、生後6日目から神経活動を回復させて脳梁投射が回復した条件において、大脳でどのようなパターンの神経活動が回復しているのかをin vivo Ca2+イメージングの手法で解析しました。この時期の正常の大脳では、Hイベント(>60%以上の神経細胞が参加する大規模同期自発活動)とLイベント(20%-60%の神経細胞が同期するまばらな同期活動)という特徴的な神経活動パターンがみられます。生後6日目から神経活動を回復させて脳梁投射が回復した条件においては、Hイベントはあまり回復しておらず、Lイベントはほぼ回復していることがわかりました。以上の結果から、①脳梁投射の形成には特に生後6日以降の神経活動が必要であること、②脳梁投射形成の活動依存性には臨界期があること、③発達期特有の自発同期活動が脳梁投射に深く関与すること、がわかりました(図2)。今後、Hイベント、Lイベントが活動依存的な脳梁投射に果たす詳細な役割が明らかになっていくと思われます。

 発達障害など様々な脳疾患において脳梁の形成不全が報告されていること、脳梁投射の形成には発達期の神経活動が重要な役割を担うことから、様々な遺伝・環境要因によって発達中の脳の神経活動が障害され、それに伴う脳梁形成不全から脳の疾患につながる可能性が考えられます。発達中の脳の神経活動に影響を与える遺伝・環境要因を明らかにする研究が今後重要になると考えられます。

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図1 (左)正常の脳梁投射の模式図。片側の大脳に位置する脳梁投射細胞の神経軸索は、脳の正中部を交叉して反対側の大脳に投射して情報を伝える。(中央)発達期に脳梁投射細胞の神経活動を抑制すると、脳梁投射が途中で障害される。
(右)本研究では時期特異的に神経活動を回復させて、どの時期のどのようなパターンの神経活動が脳梁投射を回復させることができるかを調べた。

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図2 脳梁投射の形成には発達期特有の自発同期神経活動が重要である。



【論文情報】
タイトル:Developmental stage-specific spontaneous activity contributes to callosal axon projections.
著者名:Yuta Tezuka, Kenta M. Hagihara, Kenichi Ohki, Tomoo Hirano, Yoshiaki Tagawa
雑誌:eLife
DOI: 10.7554/eLife.72435

【本研究に関するお問い合わせ】
神経筋生理学分野 田川義晃
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