脳の不思議さに魅せられて

小学生の頃、星を観察したとき、空一面に星がまたたくさま、天の川の美しさ、また天体が秩序立って動いていくさまに感動したのを覚えています。中学生頃までは宇宙の研究をしたいと考えていたように思いますが、高校生あたりから興味がヒトの体のしくみに変わりました。私たちが普段なにげなく生きている裏で、ヒトの体はなんと精巧なしくみで動いていることか!そしてそれを、自分の体なのに、自分はほとんど知らないではないか!特に脳のはたらきに魅せられました。私たちが普段いろいろ考えたり、手足を動かしたり、過去のさまざまなことを思い出したりするとき、脳の中ではいったいなにが起こっているのだろう?脳には数千億個の神経細胞があり、その間は正確につながれ、電気シグナル(*1)・化学シグナル(*2)を使って神経細胞間で情報がやり取りされて、情報が処理・蓄積されると考えられています。神経回路素子である神経細胞は、発生・発達期に脳の中でどのようにして配置され、配線されるのだろうか?今、様々な研究技術の進展で、脳の中の神経細胞の配置や配線を観察することができるようになっています。写真1のような脳の中の神経細胞の配置・配線をみていると、まさに「小宇宙」です。地球の外から自分の体の中に興味が移ったとはいえ、「素子」の配置の美しさと、そのうらにあるしくみ(動作原理)の不思議さに惹かれていることが、自分の研究の原点のように思います。
脳の発生・発達のしくみから疾患の基礎研究へ

私の研究の主題は「脳の神経回路が発達期にどのように形成されるか」です。成人の脳には数千億個の神経細胞がありますが、発生期(ヒトでは母親のお腹の中の胎児期)には、神経前駆細胞から多種類の神経細胞がうまれ、それが脳の中を移動し、自分がいるべき場所に到達するとそこで樹状突起・軸索をのばして神経回路を形成します。コンピューターはヒトが素子を配置・配線することで機能しますが、生物としての脳はそれを自ら行なって機能しているのです。1つ1つの神経細胞は脳の中でいったいどのようなしくみで配置され、配線されるのでしょう?例えば、ある分子の機能を阻害すると、神経細胞の配置・配線が乱れます。また、あるしくみを阻害する操作を加えると、やはり神経細胞の配置・配線が乱れます。このような実験を行うことで、神経細胞の配置・配線を制御する遺伝的(*3)・神経活動依存的(*4)なしくみを明らかにする研究を行っています。この研究は、私の前任地である京都大学のときに始めた研究ですが、ここ鹿児島大学に来てからは、新しい方向の研究ー神経細胞の配置・配線が乱れたとき、行動はどう変わるかーにも取り組もうとしています。脳の発生・発達のしくみから疾患の基礎研究まで、研究の幅が広がりつつあります。
用語解説
(*1)神経細胞は活動電位とよばれる電気シグナルを使って情報を伝える
(*2)神経細胞と神経細胞の間では、化学シグナル(神経伝達物質)によって情報が伝えられる
(*3)神経回路の形成において1つの神経細胞が別の神経細胞とつながるとき、そのつながりを決める分子がゲノム情報に従って(つまり遺伝的に決まった形で)作用するしくみ
(*4)神経回路形成において1つの神経細胞が別の神経細胞とつながるとき、細胞間の神経活動のやり取りによって結合が左右されるしくみ