免疫細胞はどうやって危険な異物を認識し、排除するのか

私たちの免疫系は、外部から侵入してくる病原微生物や、体内から発生したがん細胞などの危険な異物を感知し、これらを攻撃して排除しますが、自分自身の正常な組織を攻撃することはありません。つまり、我々が健康な状態を維持するためには、免疫系が危険な自己や非自己を正しく識別して働いてくれることが必要です。免疫を司る細胞は、血中を循環している白血球と呼ばれる細胞群であり、白血球は危険な異物を特異的に感知する多様なセンサー(受容体)を持っています。免疫細胞がこの受容体で異物を認識すると、活性化し、抗体産生や炎症などの免疫応答が生じます。しかし、人に病気を起こすウイルス、細菌などの病原体や癌細胞などは、この受容体による感知や、活性化した免疫細胞の攻撃から逃れる巧みな仕組みを持っている事も知られています。従って、免疫受容体による異物感知と活性化の仕組みを知るとともに、これが病原体や癌によって抑制される仕組みを理解することが疾患の克服を目指すための重要な鍵となります。
免疫系と病原体との攻防 〜結核菌の免疫回避の謎を解く〜

結核は世界で最も多くの死者を出している感染症で、世界人口の約5分の1が結核菌に感染し、年間約150万人もの人が結核で亡くなっています。結核に有効なワクチンは未だ無く、薬の効果も限定的です。従って、一旦結核菌に感染すると、それを排除する術はなく、死ぬまで菌を保有することになります。結核菌は、本来ならば菌の排除に働く白血球であるマクロファージ(*1)の中に感染します。結核菌に感染したマクロファージは殺菌力が弱まり、細胞内での菌の増殖を許容する状態に陥ります。これを「許容的マクロファージ」と呼び、結核菌の長期潜伏感染の温床となります。しかし、結核菌が許容的マクロファージを誘導する仕組みはまだよく判っていません。我々は、ミコール酸と呼ばれる結核菌特有の脂質が、TREM2と呼ばれる免疫受容体に作用することで許容的マクロファージを誘導することを発見しました(*2)。また、癌細胞もTREM2を介して免疫を抑制するマクロファージを誘導することが最近報告されています。我々はTREM2による免疫制御の仕組みを分子レベルで解明し、これをもとに新しい治療法を提案したいと考えています。
用語解説
(*1)白血球の一種であり、生まれつき特定の組織に常在する組織常在マクロファージと、血中の単球が血管内から炎症組織へと遊走することで分化誘導される炎症性マクロファージに分類される。マクロファージは侵入した細菌などを貪食し、食胞内で消化殺菌するとともに、免疫応答を惹起する物質であるサイトカインやケモカインを分泌産生する。特に、細胞内に寄生感染する細菌の排除には中心的な役割を演じる。
(*2)Iizasa et al. Nature Communications. 2021, 12:2299.