獣医病理学に関する研究(臨床への貢献)
獣医病理学は動物における様々な疾患の原因とその成り立ち(病理発生)を研究する学問です。私はこれまでに動物の病理解剖や手術材料を用いた病理組織診断を行いながら、その過程で得られた動物の自然発生疾患における病理学的研究に従事してきました。
近年、伴侶動物の高齢化や画像診断技術の向上に伴って腫瘍の症例が急増しており、伴侶動物における腫瘍の発生機序の解明や薬物治療に関する基礎研究が求められています。私は研究対象として、肺癌に着目しました。犬や猫に発生する肺癌の発生率は1%未満ですが、人の肺癌と同様に難治性疾患であり、外科的切除以外の薬物治療の有効性について基礎的な検討を行う必要があります。犬および猫の肺癌組織における種々の抗癌剤耐性に関連するタンパク質の局在を免疫染色によって検索したところ、犬猫の肺癌組織では複数の抗癌剤耐性に関連するタンパク質の発現が認められ、強固な抗癌剤耐性を有していることが明らかになりました。このような基礎研究に加えて、様々な動物に発生した奇形、腫瘍、感染症などの希少疾患を病理組織学的手法や分子生物学的手法を用いて詳細に検討しています。
獣医寄生虫学に関する研究(行政への貢献)
獣医師は伴侶動物や産業動物などの獣医療だけではなく、公衆衛生や家畜衛生に関する業務にも携わっています。職域が幅広く、様々な分野で活躍可能な専門職です。私が大学卒業後に従事した食肉衛生検査所では、獣医師は牛、馬、豚などの食肉検査を行い、安全・安心な食肉の供給に重要な役割を担います。食肉検査の過程で人獣共通感染症の病原体が検出される場合もあるため、迅速な病原体の摘発は公衆衛生上の重要な課題です。
エキノコックス属の寄生虫である多包条虫は北半球に広く分布し、犬科動物を終宿主、齧歯類を中間宿主とした生活環を形成しており、幼虫寄生による多包虫症は人獣共通感染症です。人や馬は多包条虫の終末宿主であり、終宿主動物が糞便中に排泄した虫卵を経口摂取し、多包虫が肝臓に病変を形成します。私は日本産やカナダから輸入された食用馬の肝臓結節の一部に多包虫感染が認められることを病理組織検査やPCRを用いて明らかにしました。また、これらの食用馬から検出された多包虫における遺伝的多様性の調査と、馬の食肉検査で得られる病変を用いた多包虫症の迅速な診断法の開発にも取り組み、公衆衛生行政に貢献できる実践的な研究を目指しています。