我々はなぜ、そしてどのように、感情を表現し、また受け取ってしまうのか?
今の気持ちを「相手に悟られたくない」と思ったことって、ありませんか。誰しもあることだと思いますし、そういう場合は、いわば演技をすることで、相手に悟られまいとしますよね。これは、裏を返せば、意識的にせよ無意識にせよ、日頃我々が感情を(そのまま素直に)表現しているということを意味します。同じ言葉・台詞を喋っていても、表情によって相手に伝わる意味は変わってきますね。声も同様です。楽しそうな声、怒っている声、悲しそうな声というものが、我々には直感的に分かります。また、どの言語圏でもマジギレした顔で楽しそうな声で喋るということはありません。特定の感情とその表出となるシグナル(表情や声)は、対応しています。このことは、コミュニケーションにとって本質的に重要です。相手の状態が予測可能だからこそ、シグナルを受け取った他者も適切な行動を選択できるわけですから(例えば、痛がってる人を助けるとか)。では、脳がそのことをどのように可能にしているのか。そのような生物学的・生理学的機構を調べる際には、実験動物を用いた研究が多く用いられます。特にマウスなら、多くの薬理学的手法や遺伝子レベルの手法が使用可能です。しかし、マウスでそんな研究ができるのでしょうか?
マウスの超音波発声
ネズミの声と聞くと、みなさん「チュー」とか「キーー」などの声を想像すると思います。実際にはチューと聞こえることはないと思いますが、キーーという声は、ネズミが痛がってる時などに出す嫌悪の声です。しかし、実は、多くのネズミはコミュニケーションに超音波を用いています。なので、人間には聴こえません。実験動物であるマウスやラット、家屋にも侵入するクマネズミ、ハムスターも超音波発声をします。マウスで有名は超音波発声は、仔マウスが母や巣から離れた際に出す嫌悪の声や、雄から雌への求愛発声です。僕の研究室では、まだ機能が知られていない同性同士の声の研究や、まだ報告されていない新しい声を探す研究などをしています。また、他の機関との共同研究で、超音波発声の解析システムの開発もしています。2022年には、どの個体が鳴いているかを可視化して特定するシステムも開発し、マウスにおいては初めて、特定の種類のマウスで2匹の個体が同時に盛んに鳴いていることを発見しました。マウスは生物医学研究で最も多用されているので、今後多くの研究者にマウスを使ったコミュニケーション研究の可能性を開いていくと思っています。また、発声に関わる脳の研究にも取り組んでいます。