癌は遺伝子の病気~遺伝子の変化によって正常細胞から癌細胞へ~
今や日本では癌患者が増え続け、2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死ぬ—そんな時代になっています。ある統計では、昨年1年間で新たに癌と診断された人は70万人を超えます。癌は、日本人の死因のトップとなっています。映画俳優やテレビに出ている有名人も多くが癌で亡くなっています。身近な人を、不幸にも癌で亡された人も多いのではないでしょうか?
癌は完治が難しい病気です。近年抗癌剤を使う化学療法の進歩により、癌患者の長期生存率は飛躍的に伸びてきました。しかしながら、未だ完治するのは難しく、現状の癌化学療法では、患者は重い副作用に苦しみ、やがて抗癌剤の治療が困難となります。体に優しく効果的に効く、新たな抗癌の開発が求められています。
身近で恐ろしい癌は遺伝子の病気です。正常な細胞の増殖や細胞運動などを制御する遺伝子に異常が生じると、無秩序な細胞増殖、浸潤、転移が起こり、発癌に至ります。実は、私たちの体には、幾重にも張り巡らされた防御システムによって、癌化のプロセスが進まないように、巧みに守られています。この防御システムを担うのが、癌抑制遺伝子です。癌では癌抑制遺伝子の異常や、癌抑制遺伝子を働かせる別の遺伝子に異常が起こり、正常細胞から癌細胞へと変化し、癌が発症します。
鹿児島大学から癌への挑戦~癌抑制遺伝子による新たな治療薬を目指す~
多層に防御する癌抑制遺伝子のネットワークで最も重要なものは、癌抑制遺伝子のp53です。P53は細胞増殖を抑制させ、時にはアポトーシス(※1)を起こし、正常な組織の細胞数を維持しており、癌細胞の増殖も強く抑制します。
私たちは、p53を働かすのに必要な核小体ストレス応答と呼ばれる仕組みを新たに解明しました。さらに核小体ストレス応答の仕組みが低下した腫瘍患者は、p53が働けず、癌細胞が増殖し、患者の生存期間が短くなる傾向がありました。つまり、癌細胞でこの仕組みをうまく利用すれば、癌の治療につながると言えます。そこで、20万種の薬剤を対象にスクリーニング試験(※2)を行い、核小体ストレス応答の仕組みを高める薬剤を発見しました。驚くべきことに、この薬剤を癌細胞に作用させると、p53が活発となり、癌細胞の増殖が停止しました。この薬剤は、癌で低下している核小体ストレス応答の仕組みを高めて、正常細胞の増殖を抑制することなく、腫瘍の成長を止めます。このことから副作用が少ない抗癌剤となることが期待できます。
未だ、効果の検証や、安全性の確認など多くの課題が残っており、安全に治療薬として使えるようになるには、道のりは長く険しいものです。今後、このような開発プロセスを着実に進め、独自の基礎研究から発見した鹿児島大学発の抗癌剤を開発し、鹿児島大学で学ぶ学生の方々とともに、癌に打ち勝つ癌治療革命を目指します。
用語解説
(※1)体に備わった自律的な細胞死であるプログラム細胞死の一つの機構。発生や生体の恒常性の維持に必要なプロセスです。体の中で必要以上に増えすぎたり、傷ついた細胞があると、細胞死を起こし、このような細胞を除去します。抗癌剤の多くは癌細胞にアポトーシスを起こさせます。
(※2)種々の評価・測定システムを用いて化合物を評価し,ライブラリーといわれる多くの化合物群の中から、新規医薬品として有効な化合物を選択する試験のこと。通常、疾患で変動する生物学機能を調節する薬剤を選択し、これにより薬効を示すものを同定するために使用します。