ミクロネシアの小さな島での食生活

ミクロネシア連邦では、1950年代までパンノキやバナナ、芋類、海産物などを中心とした「伝統的」な食生活が営まれていましたが、1960年代にアメリカ合衆国農務省が補助給食プログラムを開始して以降、米や小麦粉、砂糖、脂肪分に富む食品、輸入加工食品などの「近代的」な食事に置き換わっていったとされています。食事の近代化に伴い、糖尿病や高血圧、心臓疾患などの重大な健康問題を抱えることになったともいわれています。そのため、輸入食品と比べてカロテン類やビタミン類をより多く有する地元食材の利用、そして様々な野菜類の導入が政府や非政府組織によって奨励されてきました。しかし、食事が「近代化」したとはいうものの、それを裏付ける詳細なデータがこれまでに発表されていませんでした。そこで、ミクロネシア連邦の2つの小さな島で長期間(3年以上)にわたる食事調査を行いました。その結果、ある島では、食生活は基本的には「伝統的」で、手に入る「近代的」な輸入食品を追加利用していること、もう一方の島では、現在も輸入食品の利用が少なく、主に島内で獲得できる作物や海産物を食していることがわかりました。その違いが生じる理由の1つとして、輸入食品が大量に販売されている大きな島へのアクセスのしやすさが考えられました。
唐辛子はどこから来たのか?

唐辛子(トウガラシ属植物、 Capsicum spp.)は中南米原産のナス科植物です。1493年にコロンブスが新大陸からヨーロッパへ初めて伝えた後、唐辛子はアフリカ・インド・東南アジアを経由して日本へ伝播したと基本的には考えられています。しかし、アジア・オセアニアに分布するキダチトウガラシ(トウガラシ属植物の1種、日本では南西諸島や小笠原諸島で利用されており、現地では「しまとうがらし」や「硫黄島とうがらし」などと呼ばれています)に着目し、遺伝学的手法を用いることで、唐辛子のアジア・オセアニアへの伝播経路の一端が明らかになりました。それは「太平洋伝播経路」と呼ばれるもので、南西諸島のキダチトウガラシは、新大陸から直接オセアニアを経由してアジアに伝播した可能性、そして東南アジア・東アジアの島嶼部を「島伝い」に伝播した可能性が高い、という仮説です。もしこの仮説が証明されれば、他の新大陸起源作物であるトウモロコシ、トマト、カボチャ、パパイヤ、タバコなどの伝播経路の再構築が求められ、様々な学問分野に大きなインパクトを与えることになるでしょう。なお、唐辛子といえば果実を香辛料や野菜として利用する印象が強いと思いますが、国・地域によっては葉を野菜、果実・葉・花・根を薬、果実を麹の材料・農耕儀礼・呪術・魔除け・毒・媚薬などに使うことが知られており、文化的にも非常におもしろい作物なんですよ。