主観的認知機能低下の状態像を探る
認知症とは認知機能の低下により日常生活上の様々な場面で問題が生じる状態です。多くは進行性であるため、最初は「何かおかしいな」というわずかな異変から始まり、徐々に日常生活に困難さが増えていきます。認知症の前駆症状に軽度認知障害(MCI)(*1)があり、この時期からの薬物療法や非薬物療法(*2)は認知障害を緩やかにし日常生活をスムーズに行う期間を延伸できる可能性があります。最近では、MCIよりも前段階である主観的認知機能低下(SCD)という概念が提唱されています。SCDは認知機能低下を主観的には認識していますが日常生活上に問題はないとされます。また、抑うつ症状との関連もあり失敗体験が当事者の認知機能低下に影響するという研究報告もあります。SCDは客観的評価では把握できないため、日常生活における問題の有無を当事者やその家族から詳細に情報収集することが重要となります。しかしながら、SCDのある人の日常生活を詳細に検討した研究は希少でした。そこで、私たちはSCDにおける日常生活の問題を具体的に把握し予防的に支援することを目的に調査を行っています。
主観的認知機能低下のある人の生活を支援する
生活協同組合コープかごしまと共同で行った地域在住高齢者のSCDと生活行為に関する調査を紹介します。SCDのある高齢者は金銭や薬の管理、調理、買い物などのより複雑な生活行為を遂行することに問題を抱えていました。さらに電話(スマートフォン含む)やエアコンのリモコン操作にもすでにエラーが生じているようです。冷蔵庫管理では冷蔵庫内にある食品の把握が苦手になっていることもわかりました。私たちは明らかになった問題点を基に「くらしのあれこれヒント集」を作成し、簡単なヒント(環境調整)や周囲のサポートにより当事者が自分でできることを減らさず、効率的に生活できる支援に役立てています。また、SCDは日常生活の問題が顕在化しにくい時期ですが、視線行動を把握することで遂行上の変化を捉える研究も行っています。対象物を注視する時間は生活行為の遂行能力に影響することがわかりました。作業療法では認知症の人の「生活行為」に着目した具体的な支援を実践しています。SCDのある高齢者の生活行為を多面的に調査することは認知症初期段階のアラートとして役立つものと考え、今後も研究を継続したいと考えています。
用語解説
※1 【軽度認知障害(MCI)】認知症の前駆症状を高頻度で含む、正常老化と認知症の中間にあたる臨床症状を示します。認知機能に問題はなく、日常生活は正常であるとされますが、多くの研究でMCIにおける認知機能低下や日常生活障害が明らかになっています。
※2 【非薬物療法】薬物を用いない治療的アプローチのことで、リハビリテーションや心理療法、音楽療法などが含まれます。