被子植物の繁殖様式の種内多様性
現在地球上には約35万種の(維管束)植物が生育しているといわれています。植物(植生)は陸上生態系の相観を特徴付け、有機物生産などを通じてその仕組みを支えています。また植物の形態・形質の多様性は、私たちが農作物を食し、花卉を愛でる生活・文化の礎にもなっています。このため、植物の多様性には自然生態系や人間の生活・文化を深く知る手がかりがあると考えられます。
植物の中で花を咲かせ種子を実らせるグループは「被子植物」と呼ばれます。被子植物の多くは一つの個体に雄蕊と雌蕊を併有する「両性植物」ですが、この中でも雄蕊と雌蕊の配置に様々な特徴がみられます。例えば、サクラソウ科やアカネ科の一部では集団中に雌蕊と雄蕊の長さの異なる花が見られ、クスノキ科やショウガ科の一部では数日の間で花の雌雄が機能的に転換することが知られています。こうした性表現はしばしば種内の多様性として現れ、その頻度や動態は集団の増殖率や存続などとも密接に関わると考えられます。私はこうした植物の繁殖様式が進化の結果、維持される理由や一部の系統群でしか見られない理由を検討することで、植物の種内の多様性が維持される仕組みを理解できればと考えています。
植物多様性の維持・喪失の仕組み
植物の多様性は、様々な植物種が緯度や標高などに応じて分布域を重複・分割することで維持されると考えられています。例えば、屋久島という一つの島の中でも、宮之浦岳の山頂付近と低地の照葉樹林では見られる植物相が異なっており、これは植物種ごとの生育適地が異なることを反映していると考えられます。素朴に考えると、生物の環境適応に関連する形態や生理の機構は、DNAの情報に基礎付けられているため、これらが比較的似ている種(=近縁種)は良く似た環境の中で混生することになりそうです。しかし実際に観察してみると、近縁植物同士の共存の実態は複雑なように思われます。例えば、極相林では狭い範囲の中で複数の近縁樹種が混生する様子がしばしば観察されますが、都市部に生育するスミレの仲間は複数種が数ha程度の範囲の中で生育場所を細かく分けて生育している様子がみられます。あるいは、路傍のキク科植物のように近縁外来種の増加に伴い、在来種の個体群が急激に縮小することもあるようです。私は、こうした違いがどのような要因でもたらされるのかについて検討することで、植物多様性の維持や喪失の機構の一端を理解することができるのではないかと考えています。