「多くの人に、安全で怖くない歯科治療環境を提供したい。」という思い
医学が進歩した現代においても、「歯科治療は不安や緊張を強く感じる医療行為」というイメージをもつ患者さんが多くいらっしゃいます。このような歯科治療に対する「怖い治療」というイメージは、歯科治療を受けたい患者さんを歯科治療の機会から遠ざけてしまいます。さらに、歯科治療に対する不安や緊張は患者さんの自律神経活動に強く影響を与え、血圧や心拍数の急激な増加や減少など歯科治療中の全身的偶発症(*1)を引き起こす原因にもなります。
鹿児島大学病院の歯科麻酔科は、全身麻酔(*2)や静脈内鎮静法(*3)により眠った状態で歯科治療や口腔外科手術を行える治療環境を提供するだけでなく、安全で怖くない歯科治療を行うことが出来る環境作りを目指してきました。その中で私はこれまでに、歯科治療が怖くて治療を受けられない子どもの患者さんや、歯科治療時の緊張から体調不良を起こしてしまう大人の患者さんを数多く見てきました。「少しでも多くの人に、安全で怖くない歯科治療環境を提供したい。」という思いで、何か解決策がないかと模索していたところ、音楽にはリラクゼーション効果があることや音楽が自律神経活動に影響を与えることにヒントを得て、歯科治療における音楽と自律神経活動の関連性について研究を開始しました。
音楽に秘められた、怖くない歯科治療環境構築の可能性
歯科治療中の自律神経活動の変動は、患者さんの精神状態や受ける治療によってリアルタイムに大きく変動します。そのため、歯科治療時の患者さんの自律神経活動の変動をモニタリングすることは、患者さんの不安や緊張を推測できるだけでなく、全身的偶発症を予防するためにも重要です。そこでわれわれは、再現性のある自律神経活動の評価・解析モデルを確立し、「音楽聴取を併用した抜歯中の自律神経活動と心理状態の評価・解析」、「歯科治療に用いる局所麻酔薬(*4)の違いが自律神経系に与える影響」、「歯科治療前の自律神経系・心理状態・脳波の関係性の解析」、「静脈内鎮静中の歯科治療が自律神経系に与える影響」、「歯科治療中の自律神経系と術前後の心理状態の関係性」などの研究を積み重ね、国際論文を執筆し、報告してきました。得られたデータをまとめると、音楽によって歯科治療中の自律神経活動を安定化させることが出来るだけでなく、歯科治療における不安を軽減することも可能であることがわかりました。将来的にすべての歯科治療を必要とする患者さんが、安全で怖くない歯科治療を受けられるように、今後も研究を継続していきたいと考えています。
用語解説
(*1)歯科治療における精神的・身体的ストレスが生体に加わり、歯科治療前、治療中、治療後に口の中以外に、循環系・呼吸系・中枢神経系などに異常が生じ、全身的な症状が引き起こされること。
(*2)薬を使用して手術中の痛みや意識を取り除き、安全に手術が行えるよう全身状態を維持する方法。
(*3)静脈に薬を投与して、「鎮静」を得る方法。
(*4)歯科治療時の痛みを防ぐために歯や歯の周りの組織に行う注射に使用される薬。