アフリカイネの嫌気応答を解明

耕地が氾濫、洪水や集中豪雨などで冠水すると、植物にとって外部環境が著しく変化します。私たちは、このような過剰な水分条件、いわゆる嫌気環境での植物の生育の変化について、イネなどをモデルに研究をしています。嫌気環境における植物の生育を考えると、大気中に比較して水中の溶解度は低いために、生育に必要な酸素と二酸化炭素の利用が制限され、さらに植物体にエチレンガスが蓄積されます。また、土壌中の各種の金属イオンに変化が生じることで、植物は大きな嫌気ストレスを受けます。エネルギーの面からみると、著しい低酸素濃度条件下にあって、植物はATP(※1)の生産を継続するために嫌気呼吸を中心に行うようになります。このように、嫌気環境は、植物の生育バランスを崩し、エネルギーの枯渇によって、生育が衰退します。さて、2つのイネ栽培種の一つでアフリカのニジェール河内陸デルタ地域が原産とされるイネは、アフリカイネ(Oryza glaberrima Steud.)と呼ばれています。私たちは、このアフリカイネの生理・生態学的特徴の解明を行ってきました。その中で、嫌気条件(完全冠水)での地上部伸長性、葉面展開能力、光合成速度および純同化率(※2)が、アジアイネ(O. sativa L.)(※4)に比較して極めて優れていることを明らかにしました。このように、河川流域の氾濫原で3500年以上前から栽培され続けてきたアフリカイネの洪水適応性を実験的に証明することができました。
水中で葉の光合成活性を推定する方法

従来難しかった水中でのイネの葉の光合成速度に密接に関連したクロロフィル蛍光(※3)を、短時間で測定することに成功しました。今回開発した手法は、低酸素・二酸化炭素条件である冠水下での光合成活性を光受容体の損傷程度を指標に推定することにより、葉緑体の働きを直接診断することが出来ます。 本手法を実際にイネに適用したところ、水中にある葉のクロロフィル蛍光が冠水耐性遺伝子(Sub1)を持つイネにおいては高く推移することから、水中での光合成活性が高く、葉緑体への障害は小さいことが分かりました。今後、本手法を多くの品種、または育種の過程で適用することにより、冠水に強いイネを選抜することが可能となります。 今回の手法は、世界の洪水多発地域の稲作被害の軽減に向けた、耐性イネの選抜や、冠水条件下でのイネの生育の解明に大きく貢献することが期待されます。今回の手法開発においては、携帯型クロロフィル蛍光測定器(OS5p:Opti-Science社製)の測定部を特殊防水加工し、水中クリップでクロロフィル蛍光の測定に必要な葉面の暗条件を作り出すと共に、そこにセンサー測定部を挿入し、水中での葉のクロロフィル蛍光を測定する方法によって評価が可能となりました。
用語解説
(※1)ATP: アデノシン三リン酸のこと。具体的には酵素などを介して物質の合成などを行う。
(※2)純同化率: 乾物生産の担い手が葉であるとして生長速度を葉面積で除した量。
(※3)クロロフィル蛍光: 植物から放出される蛍光のことで、光合成色素に吸収された光エネルギーのうち、光合成に使われず、また、熱にも変換されなかった部分。
(※4)O. sativa L.: アジア原産で、アジアイネと呼ばれる。アフリカイネよりも遺伝的多様性が大きい。