細胞診を利用したがんの診断

人と同様に、がんは犬と猫の死因の上位となっています。今後、がんは犬と猫の高齢化に伴い、さらに増加することが予想されます。細胞診は、からだから採取した細胞材料から標本を作製して行う顕微鏡検査です。簡単で低侵襲に行うことができるため重要ながんの診断ツールとなっています。高齢の動物にとって全身麻酔や試験開腹などの侵襲的検査はからだへの負担が大きいため細胞診の需要は今後ますます高まると考えられます。獣医療での細胞診は、通常、乾燥塗抹標本のロマノフスキー染色を用いた細胞形態の観察が主となっています。臨床の現場で日常的に行われている検査法ですが、正しい診断ができるまでには経験が必要であり、その診断はしばしば主観的になりやすいとされています。また、細胞診はある程度のがんの悪性度の評価はできても細胞の由来や浸潤・転移の予測は困難です。獣医療において必要不可欠な診断ツールである細胞診の診断精度をより向上するためには、客観的な評価とがんの予後予測が可能な検査法の確立が必要です。そこで、私は、犬と猫の細胞診の診断精度を向上するために新規検査法の研究と開発を行っています。
がんの悪性度を予測するマーカーとは?

がん細胞の周辺には、がん関連繊維芽細胞やがん関連マクロファージ、血管細胞などの様々な細胞が存在して、がんが育つための環境を作っています(がん微小環境)。そこで、がん周囲に形成されるがん微小環境を含めた細胞・タンパクの詳細な解析により、未だ不明な点が多い犬と猫のがんの悪性化に関わる分子メカニズムを解明することを目的に研究しています。なかでも、がんの悪性化の最大要因であるがんの浸潤・転移のメカニズムには、がん微小環境における上皮間葉転換が関連している可能性があります。上皮間葉転換とは、上皮系細胞が間葉系の形質を獲得する現象です。上皮間葉転換が起こると、がん細胞は細胞と細胞の間の接着を減少させて、基底膜を分解し、間質や血管内に浸潤していくことで最終的に転移巣を形成します。私は犬と猫のがんにおいて、上皮間葉転換がどのような分子メカニズムで浸潤・転移や予後、 治療効果に関わっているのか明らかにする研究をしています。犬と猫のがんの新規メカニズムの解明は、犬と猫にとって負担の少ない新規バイオマーカーの開発から新規治療法の開発へと繋げていくことが期待できます。また、得られた研究データは、ヒト医療における新しい診断・治療の開発へ寄与することが期待できます。