果実の形態が多様なしくみを知りたい

ほとんどの植物にとって、種子散布は分布拡大のための唯一の手段のため、重要なイベントです。種子は主に動物、水、風などの散布媒体によって散布されます。個々の植物の果実は、特定の散布媒体に種子が散布されやすい形態をもっており、それによって特定の環境に運ばれやすい傾向があります。例えば、海岸に生育する植物の多くは、果実や種子にコルクや空気の層のような水に浮く構造をもっており、海流(水)を散布媒体としています。このように、果実の形態は、種子の散布媒体やその植物の生育環境と密接な関係を持っています。私は果実の形態が多様な仕組みを、生態的、進化的な観点から理解したいと考えています。特に、海岸植物のクサトベラを対象に、これに関する研究を進めています。
クサトベラの散布形質に関わる果実二型

クサトベラ(キク目クサトベラ科)は海岸に生育する常緑低木です。「クサ」ではなく木本で、「トベラ(セリ目トベラ科)」という植物とは異なる分類群に属しているため、名前の通りではない、ちょっとややこしい名前です。本種の自然分布域は、太平洋とインド洋の熱帯・亜熱帯地域に広く分布しており、日本では屋久島・種子島以南の南西諸島と小笠原諸島に分布しています。
私は学生時代、クサトベラに、水に浮くコルク層と鳥が食べる果肉層の果実をもつ「コルク型」と、果肉層のみの果実をもつ「果肉型」の個体間変異が存在することを発見しました。つまり、コルク型は海流と動物、果肉型は動物に散布される果実の形態的特徴を持っています。二型は分布域内に広く存在しており、コルク型は砂浜、果肉型は海崖で優占していました。
植物が新たな生育環境に侵入した際に、本来の散布媒体を失い、新たな散布媒体に適応した果実形態の獲得とともに種分化したと考えられる例は、広い分類群で知られています。クサトベラのような、種子散布に関わる果実形態に個体間変異が存在し、その変異によって環境選好性が変化する植物は、この種分化の初期プロセスを理解するのによい材料だと考えています。そこで、これまでに本種の種子の散布能力や発芽特性を二型間で比較を行ったり、二型の遺伝子基盤などを調べたりしているところです。