物質の電子的性質
我々の生活を支える電子機器は、様々な種類の電子デバイス、エネルギーデバイスで構成されています。実は、これらのデバイスは、物質の電子的性質をたくみに利用することで機能を実現しています。
物質の電子的性質は、構成する原子の種類や配列(物質構造)など様々な要因で決まります。その電子的性質の元となる物質中の電子は、物質を構成する非常に多くの原子(※1)が持つ電子の一部です。原子の組み合わせや物質構造は無限に考えられるために、まだ知られていない未知の物質の電子的性質があるかもしれません。
電子は、電流の源となる「電荷」や磁気の源となる「スピン」といった内部自由度を持っています。物質中では、さらに、原子中の電子がとる「軌道」や電子の置かれる「結晶格子」といった自由度があります。本研究室では、このような電子の持つ内部自由度に着目し、様々な方法(図1)を用いることにより、優れた熱電材料(※2)、新たな超伝導体(※3)、巨大な磁気抵抗効果を示す物質(※4)など、未来の電子・エネルギー技術をもたらす新たな物質の探索を行っています。
優れた熱電材料の探索
物質の熱電特性とは、物質において観測されるゼーベック効果(※5)やペルチェ効果(※6)などの物理現象のことで、優れた熱電特性を示す物質(熱電材料)は、熱エネルギーと電気エネルギーを直接相互変換する熱電変換技術に用いられています。
図2に代表的な熱電変換素子の構造図を示します。その形がギリシャ文字の「π」の形に似ていることから、「π型熱電素子」と呼ばれています。このπ型素子を用いた熱電発電では、人体から発電所にわたる様々な種類の排熱を電力に直接変えることができます。例えば、太陽光の弱い深宇宙を探索する宇宙船(※7)の電源には、プルトニウム238の放射線を熱源とする熱電素子が用いられています。
この可動部を必要とせず静かで長寿命な熱電発電が世に広く普及しない大きな理由の一つが最良の素子でも5%程度に留まる低い変換効率(※8)にあります。この低い変換効率は、素子を構成する熱電材料の熱電特性がまだ不十分であることが主な原因です。本研究室では、新物質探索の一つとして、工学的特性に優れる遷移金属酸化物(※9)に着目した優れた熱電材料の探索を行っています。
用語解説
(※1)我々が手に持つ程度の大きさの物質は、アボガドロ数(約6×10の23乗)程度の非常に大きい数の原子できている。例えば、原子量が約56の鉄原子がアボガドロ数の数だけ集まれば、その重さは約56gとなる。
(※2)熱電材料 : 物質の熱電現象を利用して排熱から発電したり、電流により冷却したりする熱電変換素子に用いられる材料。現在の熱電変換素子には、無機化合物半導体が用いられている。
(※3)超伝導 : 低温で電気抵抗が零になる現象で、1911年にHeike Kamerlingh Onnesにより水銀で発見される。その後、現在に至るまで、超伝導を示す多くの物質が発見され続けており、超伝導が出現する温度が200Kを超える物質も現在までに発見されている。
(※4)磁気抵抗効果 : 磁場により抵抗が変わる現象。弱い磁場で大きい磁気抵抗効果を示す人工物質は、磁気記録ヘッドなどに応用されている。
(※5)ゼーベック効果 : 物質の熱電特性の一つで、1821年にSeebeck(ゼーベック)によって発見される。物質の片端に熱を加え、物質中に温度差を付けた時、温度差に比例した電圧が両端に生じる現象。排熱から電力を得る熱電発電の原理となっている。
(※6)ペルチェ効果 : 物質の熱電特性の一つで、1834年にPeltier(ペルチェ)によって発見される。物質に電流を流すと、物質の一方の片端で吸熱が起こり、もう一方の片端で放熱が起こる現象。電流により冷却・加熱を行うペルチェ素子の原理となっている。
(※7)NASAにより打ち上げられた宇宙船(Pioneer:1972年、1973年、Voyger:1977年、Ulysses:1990年、Galileo:1989年、Cassini:1997年)には、プルトニウムを熱源とした熱電発電が用いられている。
(※8)現在の熱電材料では、理想的に素子を作成できても変換効率は最大10%程度である。原理や用途が異なるため直接の比較対象にはならないが、市販の太陽光発電の場合、変換効率は15~20%である。
(※9)遷移金属酸化物 : 酸素と遷移金属の化合物のこと。無機化合物半導体よりは電気伝導性に劣るが、高温超伝導をはじめとして多彩な物理現象を示す。