第4のがん治療法『がん免疫療法』
がんは長年日本人の死因の第1位であり、3人に1人ががんで死亡しています。現在のがんの標準的な治療法は、外科手術・化学療法(抗がん剤療法)・放射線治療の三大療法です。しかし、これらの治療法では完全にがんを治療できない場合があります。そこで、第4のがん治療法として『がん免疫療法』が近年注目されています。がん免疫療法は、自分自身の免疫細胞を利用して治療する方法で、抗がん剤などと異なり、副作用が少ないのが特徴です。がん免疫療法は大きく2つに分類されます。1つは、がん細胞が免疫細胞の攻撃を抑える働きを阻害する、免疫細胞のブレーキをはずすような治療法です。もう1つは、免疫細胞の働きを増強することで治療する、免疫細胞のアクセルを踏むような治療法です。前者には、オプジーボ(*1)などの医薬品が開発され、良好な治療成績を挙げています。一方、後者に有効な医薬品は、現在も開発段階にあります。より強力ながん免疫療法を開発するためには、免疫細胞のブレーキをはずす役割のある薬剤だけでなく、免疫細胞のアクセルを踏む薬剤も重要であり、効力の高い免疫増強剤の開発が望まれています。
合成TLRリガンドを用いた免疫増強剤(アジュバント)の開発
従来、免疫増強剤(アジュバント、*2)には主にアルミニウム塩類が用いられてきました。これらは経験的に開発されたアジュバントであり、なぜ免疫を増強するのかということは長年不明のままでした。また、安全性が高い一方で、がん細胞の排除に重要な細胞性免疫(*3)を誘導する力が弱いことが課題でした。近年の免疫学の発展により、Toll様受容体(TLR、*4)が強力な免疫を誘導するうえで鍵となることが明らかにされ、TLRを活性化するリガンド分子をアジュバントとして利用する研究が活発に行われています。
私たちは、人工的に合成したTLR7の低分子リガンドを用いたアジュバントの開発に取り組んでいます。TLR7の低分子リガンドは、体内で急速に拡散し、不特定の免疫細胞を活性化するため、強い副作用が出ることが問題でした。私たちは最近、TLR7の合成低分子リガンドと糖鎖(*5)を固定化した金ナノ粒子(*6)を開発し、免疫細胞選択的に輸送することで安全に細胞性免疫を誘導できることを見出しました。現在、がん免疫療法のアジュバントとして利用する研究を行っており、新たながん免疫療法の確立に向けた研究に取り組んでいます。
用語解説
*1:アジュバントとは、ラテン語で「助ける」という意味を持ち、感染症ワクチンなどと一緒に投与して、その免疫応答を高めるために使用される物質の総称。近年では、がんやアレルギーなどの免疫療法にも使用されるようになり、その応用範囲が拡大している。
*2:2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑教授らによって開発された抗体医薬品。悪性黒色腫や非小細胞肺がんなどの治療薬として利用されている。がん細胞は細胞表面にPD-L1を発現しており、免疫細胞の攻撃抑制に関与するPD-1と結合して免疫細胞からの攻撃にブレーキをかけている。オプジーボは、がん細胞による免疫細胞のブレーキをはずすことで、がん細胞への攻撃を促進する。
*3:体液中の抗体による免疫を液性免疫という。それに対し、細胞性免疫とは、病原体そのものやウイルス感染細胞、がん細胞などの異物を、マクロファージ、細胞傷害性T細胞、ナチュラルキラー細胞などの免疫担当細胞自体が排除する免疫応答。
*4:ウイルスや細菌などの病原体に特有の分子を認識し、自然免疫を活性化する受容体。ヒトでは10種類が見出されており、病原体の感染を察知するセンサーとして働く。TLRが活性化されることで強力な免疫が誘導されることから、生体防御機構において極めて重要な役割を果たしている。
*5:糖鎖は、私たちの体を構成する全ての細胞に存在し、細胞間の情報伝達や免疫反応、ウイルスや細菌などの微生物感染など、幅広い生体現象に深く関与している。免疫細胞表層には、糖鎖の構造によって自己/非自己由来の分子を区別する受容体が発現しており、免疫反応において重要な役割を果たしている。
*6:ナノメートルサイズの粒子状の物質のこと。1ナノメートルは、1ミリメートルの100万分の1のサイズ。