ヒトの顎の幹細胞を低血清で培養することに成功

近年幹細胞(※1)の研究が進んで、再生医療の治療が現実のものになってきています。体の中には実はたくさんの幹細胞が眠っていて、怪我をしても自然にその傷が治るのも幹細胞のお陰です。
再生医療はそのような幹細胞を使って、失われた組織や臓器を再生しようとする医療です。口の中の骨が無くなると日常生活に大変なダメージが生じてしまいます。例えば歯周病で歯槽骨(※2)がなくなってしまうと歯が抜けてしまいますし、加齢や口腔癌で顎骨(※3)がなくなるとインプラントを埋入できなくなったり、義歯(※4)が不安定になったりします。ですから、歯の無くなった方は、実は顎骨を再生させる必要性がとても高いのです。
これまでは顎骨を再生するためには自分の体の別の部分の骨を採ってきて足りない部分へ移植する方法(自家骨移植)が主流でした。しかしその方法は多くの苦痛を伴うので、私たちは患者さんの顎から幹細胞を取ってきて、外で増やす方法を探しました。その結果私たちは、世界で初めてヒトの顎骨の中から間葉系幹細胞(※5)を取り出し、しかも人の血清(※6)をほとんど使わずに培養することに成功しました。
ヒトの顎骨由来間葉系幹細胞で骨を再生することに成功

培養して増やした細胞(写真1)をマウスの背中の皮下に骨補塡材(※7)と一緒に移植し、数週間で骨を再生させることに成功しました。写真2のH&E染色(※8)とそれに対応する免疫染色(ヒトの細胞が茶色に染まっている)から、移植したヒトの細胞の周囲に骨が再生していることが分かります。
つまりヒトの顎骨から採取した間葉系幹細胞の移植で本来骨にならないような場所でも骨を再生できることが分かりました。この後、大型の動物でも同様の結果を確認済みです。今は血清を使わない完全無血清培養法やより効率的に骨を再生する骨補塡材を組み合わせた移植方法を試しながら、より安全で確実な骨再生の臨床応用を目指して研究を進めています。
用語解説
(※1)幹細胞とは、自己複製能があり、複数の組織の細胞に分化できる能力をもつ細胞のこと。
(※2)歯槽骨とは、歯の周りにある骨のことで、歯が無くなると委縮してなくなる。
(※3)顎骨とは、歯槽骨の下にある骨で、インプラントや義歯を支えるために必要な骨だが、加齢に伴って吸収してしまう骨。
(※4)義歯とは、失った歯を補うためにつかう人工の歯のことで「入れ歯」「差し歯」「インプラント」「ブリッジ」など。
(※5)間葉系幹細胞とは、骨、軟骨、脂肪に分化する能力をもつ幹細胞の一種。
(※6)血清とは、血液の細胞成分やフィブリンを取り除いた成分で、細胞を培養するために古くから必要とされていたが、近年血清を含まない培養方法が次々と開発されている。
(※7)骨補塡材とは、骨の主要な無機成分であるリン酸とカルシウム等で作った人工材料のこと。
(※8)H&E染色とは、細胞及び組織全体の把握を目的とした概観染色。