宇宙の神秘を解き明かす超強力な天然メーザー
宇宙では、広大な空間に漂う星間物質(ガスや塵)が集積して恒星(星)が生み出され、光り続けた後に燃え尽きる恒星からは大量の物質がまき散らされます。この様な「宇宙における物質の輪廻」の仕組みを理解し、私達は、太陽や地球、そして我々生命を作り出す物質(元素※1)の起源を知ることとなります。
星が光り始めたり燃え尽きる時に生じる激しい物質流動と星自身の変身が見られるのは、ほんの一瞬です。これは、人間の一生における出産や臨終の瞬間に相当します。これらが数秒程度の出来事だとすると、星の場合は数10年程度になります。しかし、今この瞬間に夜空に見える星々の中で、30億個中たった1個程度でしかこの様な瞬間にある星は見られません。
一方、この様な星では、その周囲を取り巻くガスからメーザー(※2)の発光が見られます。この様な、増幅路が1天文単位(※3)にも及ぶとはいえ遠方故に微弱でしか見えない宇宙メーザーに対して、大口径の電波望遠鏡(パラボラアンテナ)を使った天空広域探査と数10年にわたる監視観測を進める取り組みが進められています。ひとたび通常見られない挙動が特定のメーザー星で見つかると、様々な手法でこの星を徹底的に観測し、星が進化していく瞬間の振る舞いを解明していくことになります。
「全地球規模電波干渉計」の発想が人々の視野を広くする
宇宙メーザーの発光領域は1つの星の周囲に多数存在しますが、星は遥か遠方にあるので、これら領域を点状の集合体として見ることになります。個々の点を見分けられる撮像視力は、電波干渉計(※4)を構築して向上させます。アンテナの配置が大陸間に及べばVLBI(※5)と呼ばれます。自転する地球上で同じ星を24時間監視するにしても、高画質を得るべく多くのアンテナを同時動員するVLBIにしても、国境を超えた研究者・技術者間の連携が必須になります。同じ天体を同じ信号記録形式をもって完全同時に観測するキャンペーンを何度も繰り返し、記録信号同士の相関(※6)処理を経て天体動画の合成まで、この連携が続きます。宇宙に関わる新発見を目指して、観測装置開発から科学的データ分析に至るまで、多くの分野に関わる人々による相互の理解と協力、そして研鑽が進むのです。現在、世界中に分散配置されているアンテナを連携させる全地球規模VLBIの構築が提唱されています。これは、この様な天文学研究に限らず様々な分野における国際交流において、1つの方向性を提示していると言えるでしょう。
用語解説
*1:【元素】水素・ヘリウム・リチウム・酸素・炭素・鉄、等々、物質を構成する上で様々な特徴を与える基本的な粒子。冒頭の3種のみ宇宙誕生の初期に合成され、それ以外は、星の中心部や星の爆発時(新星・超新星)、あるいは星(白色矮星や中性子星も含む)同士の合体時に起きる核融合反応によって合成される。
*2:【メーザー】MASER=Microwave Amplification of Stimulated Emission of Radiationのこと。レーザーの電波版。熱的に非平衡(不安定)な状態にまでエネルギーを溜め込んだガスに特定周波数(波長)の電波を照射すると、その電波が増幅されて特定方向に細いビーム状に放射される。
*3:【天文単位】太陽-地球間の距離。およそ1億5千万キロメートル。
*4:【電波干渉計】複数のアンテナを使って特定天体からの電波を同時に受信して観測を行うシステム。アンテナ間を電気的につないで受信電波信号同士の相関処理を実時間で行うものを、主に指す。アンテナ間距離(基線)相当の望遠鏡を再現でき、アンテナ開口面積の総和が増えて検出感度も向上する。
*5:【VLBI】Very Long Baseline Interferometer(超長基線電波干渉計)のこと。受信信号の波形を一旦記録してから後日信号再生・相関処理を行うシステム。時刻の同期と信号の相関が取れる限り、地球直径を超えて基線をどこまでも伸ばせる。
*6:【相関】複数アンテナのそれぞれで記録された宇宙からの電波波形について、それら同士を掛け合わせ時間方向に足し合わせる計算手続き。異なるアンテナであっても同一電波源からの同一波形信号が時間差を持って受信・記録されるので、掛け合わされた数値同士が足し合わせの操作で相殺されてゼロになることがなく、電波源固有の電波放射の情報を取得できる。