恵まれている日本の歯科治療。でも、問題も…。

現在、日本の歯科治療は国民皆保険制度(※1)のもと、世界的にみて遜色ない水準のものが安価に提供されています。アメリカで20~30万円程度かかる奥歯の根管治療(※2)が、日本の保険治療では1万円ちょっとに設定されています。保険治療の自己負担は普通2、3割ですから、実際に支払う費用はさらに安価なものとなっているのです。
しかしながら、保険治療には色々な制約があります。例えば、使用できる材料が規定されていますので、強い力のかかる奥歯の被せ物には金銀パラジウム合金(※3)という金属が使われています。金属は歯の修復用材料として優れた性質をもっていますが、金銀パラジウム合金は銀色をしており、口の中にあると見た目がよくありません。また、金属アレルギーの原因となることもあり、掌蹠膿疱症(※4)のような症状が現れたりもします。
そのため、金属を使わない治療に対するニーズは高く、金属代替材料として「レジンの被せ物」(※5)が2014年4月より保険導入されました。徐々に保険適用範囲を拡大してきていますが、金属と比べると摩耗しやすく、ずっと使い続けることができるかというと、不安があります。
テクノロジーの進歩は世界を変える。「歯界」も変える。

歯科治療の材料は、日本の保険適用がなくても、世界的に需要の高いものは盛んに開発が行われています。歯科では今、デジタル化が急速に進んでいて、とりわけ、CAD/CAM(※6)の普及により、歯の修復物の製作法が大きく変わってきています。私が研究している歯科用ジルコニアも、保険適用外のCAD/CAMマテリアルの1つです。
歯科用ジルコニアは、添加物を加えて特定の結晶構造にすることで、きわめて高い強度を出しています。色は白く、また、生体不活性(※7)であり、アレルギーの報告はありません。その優れた性質のため、世界中で歯科治療に使われています。一見素晴らしいジルコニアですが、強度を出すと色調が悪くなります。白いことは白いのですが、天然の歯と比べて透明感がないのです。透明感を出すために添加物の量を増やすと、強度が落ちてしまいます。現状では、「見た目」を重視するか「強さ」を重視するか、用途によって使い分けがなされています。
まだまだ改良の余地があるということで、現在私は産業技術総合研究所(※8)の研究者と共に、「器量も気立てもいい」新しい高機能ジルコニアの開発を夢見て研究に取り組んでいます。
用語解説
*1:すべての国民をなんらかの医療保険に加入させる制度。医療保険の加入者が保険料を出し合い、病気やけがの場合に安心して医療が受けられるようにする相互扶助の精神に基づいており、国民皆年金とともに日本の社会保障制度の根幹をなしています。
*2:歯の根の中(根管)の神経や血管(歯髄)が炎症や感染を起こした時に必要な治療。歯髄を除去して根管を清掃し、再度の感染を防ぐために根管に詰め物をします。
*3:銀の耐硫化性のためにパラジウム、鋳造性の向上のために金を含み、強さの増大および液相点低下のために銅を添加した銀合金。JIS規格の12%金銀パラジウム合金が保険適用。
*4:膿が溜まった膿疱と呼ばれる皮疹が手のひら(手掌)や足の裏(足蹠)に数多くみられる病気で、周期的に良くなったり、悪くなったりを繰り返します。
*5:保険適用CAD/CAM(*6)ハイブリッドレジン冠。歯科治療に多用されるレジンという合成樹脂に、通常のものよりもフィラーという無機質の充填材の含有量を増やして強化したものです。
*6:コンピュータ支援による設計(Computer Aided Design:CAD)と製作(Computer Aided Manufacturing:CAM)のこと。
*7:生体組織液中でもイオン化することがなく、安定している状態。
*8:独立行政法人(国立研究開発法人)として設置される経済産業省所管の公的研究機関。