漢方薬を投与されたマウスの攻撃性低下を報告

これを書いている2021年現在、私は大学院を卒業してから約4年、鹿児島に来てから約3年経過していることになるようです。現在いくつかのプロジェクトがありますが、そのうち漢方薬のプロジェクトについて書きます。私が鹿児島に来て最初の年、研究室では歯学部の3年生がは防風通聖散の効果をマウスで調べる実験をしていました。当時のマウスモデルでは一時的に体重が減るらしく、興味深く感じました(*1)。そこで研究室にあるいくつかの漢方薬を適当なマウスに投与したところ、加味逍遙散(*2)を投与したマウスではおとなしくなるように見えました。機器で計測したところ、加味逍遙散を投与したマウスでは眼前に提示された金属棒に噛みつきにくくなっており、イライラや攻撃的な行動が下がっているものと考えられました。加味逍遙散は柴胡、山梔子、茯苓、芍薬など十種類の生薬から構成されており、個別の植物に含まれる成分の効果が複合的に働くことで、加味逍遙散の作用を生じていると考えられます。加味逍遙散は歯科では心因性の舌痛症(*3)の治療にも用いられています。その作用の理解がより有効な治療の開発に役立てられる可能性が期待されます。
加味逍遙散の効果をもたらすメカニズムを解析

我々の研究室ではマウス(ハツカネズミ)を用いて研究しています。通常マウスは生後3週から自分で固形の餌を食べて生活できるようになり、他の個体とコミュニケーションを取りながら成長します。このとき他の個体から隔離して飼育されたマウスは高い攻撃性を示すようになることが知られています。高い攻撃性を示すようになったマウスに対して加味逍遙散を投与すると、攻撃性が低下することがわかりました。我々の解析からエストロゲン受容体を介して背側縫線核のセロトニン合成を促進していることが示唆されました。我々は他にも母子分離モデル(育児放棄のモデル)などのマウスモデルに基づき研究しています。漢方薬は傷寒論や金匱要略まで遡れば約1800年の歴史を持ち、今なお用いられているものはより安全な薬であると考えられます。令和3年度成長戦略実行計画にも漢方薬の国際的標準化について言及があり、漢方薬のメカニズムについて実験生物学的な知見を蓄積することの社会的な重要性は今後高まっていくのかもしれません。
用語解説
(*1)防風通聖散による体重減少については後に北陸大学によって報告されています(Takahashi et al., Traditional & Kampo Medicine, 2020)
(*2)加味逍遙散は女性の更年期症状や月経に伴う気分障害(精神不安・不眠・イライラなど)に使用されることの多い漢方薬です。
(*3)舌痛症は口腔内に原因となる器質的疾患が見られないにも関わらず、口腔粘膜のヒリヒリ、ピリピリとした痛みが継続する疾病の総称です。