【水産学部】日本水産学会技術賞を受賞(5大学による海洋プラスチックごみの共同調査)
[記事掲載日:23.04.17]
本学と東京海洋大学・北海道大学・長崎大学および九州大学応用力学研究所による海洋プラスチックごみ(以下海プラ)の共同調査が、水産資源調査法を応用することで統一調査手法を確立した取り組みとして評価され、令和5年3月30日に日本水産学会技術賞を受賞しました。プレスリリースはこちら
受賞タイトル
「我が国沖合海域における海洋プラスチックごみ調査の規準化およびデータベース整備」
受賞の概要
プラスチックごみ(以下プラごみ)による海洋環境汚染が世界的に注目される中で受賞者らは、これまで未解明であった我が国沖合海域における海洋ごみ、特にマイクロプラスチック(MPs)を含むプラごみの漂流及び海底上への堆積の実態と詳細な分布を行うため、水産系4大学(海洋大、北大、長崎大、鹿児島大)の大型練習船による共同調査体制を構築しました。さらに水産資源調査の方法を応用することで、海洋ごみ調査技術を開発し、これを統一調査手法として確立しました。その調査結果は世界的な海洋ごみデータベースに提供され、持続可能な漁業研究における新たな分野を切り拓くものとして評価されました。
研究の特色
陸上から海洋に流入するプラごみは世界全体で年間800万トンと報告(Jambeck et al.2015)され、海洋環境や生態系に重大な影響を及ぼす問題として懸念されています。海洋ごみのうち、海岸への漂着もしくは沿岸域の海底に堆積したごみは発見が容易であることから、これまでにも研究対象とされてきました。これに対して、沖合域の海面を漂流もしくは海底に堆積するプラごみに関する研究は、その観測が困難であるばかりでなく、広範な調査海域をカバーするための統一された調査手法もありませんでした。そこで、東京海洋大学の練習船(海鷹丸,神鷹丸)による沖合域での海洋プラごみの目視観測と収集及び九州大学によるMPs分析が環境省事業の一環として2014年から始まりました。時期を同じくして、G7エルマウサミットの首脳宣言において、海洋ごみ、特にプラごみが世界的な問題であると認識されて以降(2015.6)、プラごみの発生抑制及び削減への対処が重要なテーマの一つとなり、日本が海洋プラスチックごみのモニタリング手法調和とデータ整備を主導して行くこととなりました。こうした流れを受けて、日本周辺沖合域の調査網を拡充するために、2017年からは北海道大学おしょろ丸、長崎大学長崎丸、鹿児島大学かごしま丸も本調査に参画することとなり、我が国周辺海域の広範囲をカバーする海洋プラごみ調査ネットワークが構築されるに至りました(図1)。これらの調査では、船上から目視可能な漂流プラごみの種判別と観測方法を規準化し、国際的に調和化された方法としてニューストンネットによる海面付近のMPs採集、統一調査項目による海底ごみのトロール調査を実施してきました(図2)。目視観測では鯨類資源調査に用いられるライントランセクト法を、またトロール調査では底魚資源調査に用いられる面積密度法を応用するなど、水産系大学練習船が従来行ってきた各種調査手法を海洋ごみを対象に応用した調査技術を開発し、包括的海洋プラごみ調査手法を確立しています。これにより、我が国周辺沖合海域の100点以上で目視観測及びMPs採集が毎年行われ、世界的にも希少な海洋プラごみ調査体制の構築となりました。本調査結果は環境省HPにて公表されています(https://www.env.go.jp/water/post_80.html)。
学術への波及効果
海洋プラごみは沖合域の海底から海面のみならず海中にも分布し(論文1)、特に海底には30年以上前のプラごみが堆積している他、海底渓谷にも大量のプラごみが堆積していること(論文2)をこれまでに報告しています。加えて、我が国周辺沖合海域がMPsのホットスポットであること(論文3)や南極大陸近くでも高密度のMPsが存在しており(論文4)、海洋プラごみが世界的に深刻な問題であることを示して来た。また西太平洋亜熱帯循環流の中には20年以上前からMPsが浮遊していたこと(論文5)をはじめ、受賞者らが構築した調査体制により得られたデータはMPsの将来予測(論文6、7)や国際的に利用可能なデータベース(論文8)として広く国内外の研究者に提供されています。練習船によるMPs調査や関連した採集具特性の研究成果(論文9)は環境省による「漂流MPsのモニタリング手法の調和化ガイドライン(https://www.env.go.jp/water/post_76.html)」作成にも貢献してきました。受賞者らが漂流ごみの目視観測のデータ入力用に開発したタブレット上で利用可能なソフトウエアは、未経験者や少人数での観測を可能とし、水産高校実習船における調査実習や小型漁船での調査にも広く用いられています。こうした広範な調査ネットワークで得られた目視データと海洋プラごみのサンプルは数多くの研究に提供され、海洋プラごみ研究の発展に貢献しています(Bae et al.2020等)。
社会的貢献
受賞者らが構築した練習船調査ネットワークは、前述したとおり日本周辺海域がMPsのホットスポットであることのみならず、漂流ごみは国境を跨いで世界中の海を漂流することなどが報道されたほか、小学校や高校、一般向けの講演を受賞者らが行うことで、海洋プラごみに対する市民の問題意識の醸成に貢献してきました。また、海岸漂着ごみを対象としてきた海岸漂着物処理推進法(2009年施行)の一部改正(2018)に際して、漂流プラごみや海底プラごみ問題がMPs対策とともに加えられ、実態把握のための国際協力の推進が謳われるきっかけともなっています。さらに練習船による調査時には、海外からの研究者を受け入れ、前述の目視観測データ入力用タブレットアプリを提供するなど、調査手法の普及に努めるとともに、研究交流の推進、国際協力にも貢献しています。これら一連の取り組みが評価され、内田氏は日中韓環境協力功労者表彰(2019)を、磯辺氏は内閣総理大臣賞海洋立国推進功労者表彰(2019)などを受賞しています。
今後への期待
持続可能な社会の実現の下で海洋プラスチックごみ問題が注目される中、世界的に使い捨てプラスチックの削減や使用済みプラスチックのリサイクルなど、問題解決に向けた取り組みが急速に進められています。こうした取り組みの効果がどのように表れるか、引き続き海上から監視を続けることは、その効果を検証する重要な役割の一つとして期待されています。
関係論文一覧
1.Mao Kuroda, Keiichi Uchida, Toshihide Kitakado, Daisuke Shiode, Masao Nemoto, Yoshinori Miyamoto, Hideshige Takada, Rei Yamashita, Hiroaki Hamada, Ryuichi Hagita, Hiroki Joshima, Yuta Yamada. 2022. Relationship between ocean area and incidence of anthropogenic debris ingested by longnose lancetfish (Alepisaurus ferox). Regional Studies in Marine Science, 55, 102476, https://doi.org/10.1016/j.rsma.2022.102476
2.Mao Kuroda, Keiichi Uchida, Tadashi Tokai, Yoshinori Miyamoto, Tohru Mukai, Keiri Imai, Kenichi Shimizu, Mitsuharu Yagi, Yuichi Yamanaka, Takahisa Mituhashi. 2020. The current state of marine debris on the seafloor
in offshore area around Japan. Marine Pollution Bulletin, 161, 111670.
https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2020.111670
3.Atsuhiko Isobe, Keiichi Uchida, Tadashi Tokai, Shinsuke Iwasaki. 2015. East Asian seas: A hot spot of pelagic microplastics. Marine Pollution Bulletin, 101, 618-623. https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2015.10.042
4.Atsuhiko Isobe, Kaori Uchiyama-Matsumoto, Keiichi Uchida, Tadashi Tokai. 2016, Microplastics in the Southern Ocean. Marine Pollution Bulletin, 114, 623-626. https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2016.09.037
5.Keiichi Uchida, Ryuichi Hagita, Toshifumi Hayashi, Tadashi Tokai. 2016. Distribution of small plastic fragments floating in the western Pacific Ocean from 2000 to 2001. Fisheries Science, 82, 969-974. https://doi.org/10.1007/s12562-016-1028-2
6.Atsuhiko Isobe, Shinsuke Iwasaki, Keiichi Uchida, Tadashi Tokai. Abundance of non-conservative microplastics in the upper ocean from 1957 to 2066. 2019. Nature Communications, 10, 417.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-08316-9
7.Shinsuke Iwasaki, Atsuhiko Isobe, Shinichiro Kako, Keiichi Uchida, Tadashi Tokai. 2017. Fate of microplastics and mesoplastics carried by surface currents and wind waves: A numerical model approach in the Sea of Japan. Marine Pollution Bulletin, 121, 85-96. https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2017.05.057
8.Atsuhiko Isobe, Takafumi Azuma, Muhammad Reza Cordova, Andrés Cózar, Francois Galgani, Ryuichi Hagita, La Daana Kanhai, Keiri Imai, Shinsuke Iwasaki, Shin'ichro Kako, Nikolai Kozlovskii, Amy L. Lusher, Sherri A. Mason, Yutaka Michida, Takahisa Mituhasi, Yasuhiro Morii, Tohru Mukai, Anna Popova, Kenichi Shimizu, Tadashi Tokai, Keiichi Uchida, Mitsuharu Yagi & Weiwei Zhang. 2021. A multilevel dataset of microplastic abundance in the world's upper ocean and the Laurentian Great Lakes. Microplastics and Nanoplastics,1, Article number:16. https://doi.org/10.1186/s43591-021-00013-z
9.Keiichi Uchida, Mao Kuroda, and Tadashi Tokai. 2022. Comparison of microplastic sampling performance between a neuston net and a manta net. Fisheries Engineering, 59, 19-26.
https://doi.org/10.18903/fisheng.59.1_19