トップページ大学紹介令和7年度鹿児島大学卒業式・修了式 告辞(令和8年3月25日)

令和7年度鹿児島大学卒業式・修了式 告辞(令和8年3月25日)

 皆さん、ご卒業・修了・学位取得、誠におめでとうございます。今日の佳き日を、この鹿児島大学で学んだ仲間たちとともに迎えられた皆さんに、ご来賓の方々、ご列席の理事、関係部局長をはじめとする教職員一同および在校生を代表して心からお祝い申し上げます。また本日の卒業・修了の日まで、皆さんを支え励ましてこられたご家族やご親族の方々も、さぞやお喜びのことと存じます。心から感謝し、お祝い申し上げます。

 私自身、皆さんが晴れやかなお顔で、この卒業式・修了式に出席されていることを、大変嬉しく思っているところですが、本来ならば、今日のこの日に皆さんと一緒にここに出席していたはずのお一人が出席できないことをとても残念に思っています。皆さんは5年前、令和3年2月に、鹿児島市の国道10号で本学の1年生が酒気帯び運転に巻き込まれて亡くなられた事件を覚えていますか。当時共同獣医学部1年生だった男子学生は、馬術部に所属しており、日課となっていた馬の世話をするため、大学に向かう途中、早朝5時50分頃、事故に遭いました。動物が好きで獣医を志し、1年間の浪人生活を経て念願の獣医学部に入学した彼は、ひたむきで一生懸命、「馬専門の獣医師になりたい」と夢を語っていたそうです。一度失われたら取り返すことができない、たった一つの命、本来であれば当たり前のようにこの場所にいたであろう一人の同級生、本学で夢に向かって皆さんと一緒に学んでいた一人の鹿大生がいたことを、どうか忘れないで欲しいと思います。

 皆さん一人ひとりに与えられた命は、当たり前のものではありません。戦争や食糧不足など、この地球上には生きることさえ当たり前ではない国や地域で暮らす人々がいます。また、日本では自ら命を断つ若者や、不慮の事故や事件で命を奪われる若者もいます。皆さんは、本日の卒業式、修了式で、学生生活の終わりという区切りを迎え、人生の新しい舞台が始まります。しかし、人生、いつも、いつも順調というわけではありません。困難に出会い挫けそうになることも、傷つき心が折れそうになることもあることと思います。でも生きて、生きて、生き抜いて下さい。 「冬 来たりなば、春 遠からじ」。困難に耐える中でも、やがて春は訪れる。生きていればこそ、明日があり、未来が見えてきます。乗り越えられない試練は与えられないのです。どうか、失敗を恐れず、むしろ「失敗」という経験から学び、成長して、皆さんお一人おひとりに、たった一度だけ与えられた人生を、溢れるくらいの豊かさで満たして下さい。

 さて、この先の話は、皆さんと一緒に考えたいと思います。これから皆さんが生きていく世界はどのようになっていくと思いますか。現在、着実に進行している人口減少は、戦争や災害による人口減少のように一時的なものではなく、回復の見通しのない極めて深刻なものです。インターネットやSNSによる情報発信などデジタル世代に育った皆さんは、人工知能、いわゆるAIの進歩が加速化する時代を迎えて、今後、デジタルネイティブからAIネイティブに変化しなければなりません。情報通信技術の進歩によって世の中は随分便利になりました。それは享受するべきことだと思います。その反面、私たちは何か大切なものを失いつつあるように感じます。その危うさを、日々、念頭に置いていただきたいと思います。自動で文章や画像を生成する「生成AI」が増えれば増えるほど消費電力は増加します。実際、OpenAI社の言語モデル「GPT-3」が必要とする消費電力は、原子力発電1基の1時間分の電力量を上回っています。また、大規模なサーバーと高性能な演算処理によって発生した熱を冷却するにも電力が必要となり、発電の際に排出される二酸化炭素はさらに増加する恐れがあります。生成AIの進歩、普及が地球温暖化など環境に悪影響を及ぼすことになるかも知れません。

 科学技術の進歩は、本来、人類の発展に貢献するものです。18世紀後半にイギリスで始まった産業革命では、蒸気の力を活用した技術革新によって工場が誕生し、都市が作られてきました。そして19世紀以降、電気、通信といった様々な分野の高度な技術革新は、私たちに計り知れない豊かさをもたらし、生活様式や社会構造に大きな変革をもたらしました。しかし、一方では、手作業から工場での機械生産が主流になり、大量生産・大量消費社会の中、物は「安く使い捨てるもの」となり、熟練した職人の伝統的な技(わざ)が失われつつあります。また、化石燃料の大量消費や工業化・都市化によって、自然環境や生態系の破壊が進み、野生動物の生息地も奪われ続けています。そして、人口が集中して肥大化した大都市では、人口減少によるスポンジ化や機能不全が始まり、一方、地方の過疎化は加速しています。

 産業革命からおおよそ250年を経た今、科学の進歩によってもたらされた生活様式や社会構造は、私たちの暮らしや社会に大きな課題を投げかけている時期に入りました。科学というものは本来「中性」、「中立」であり、「良い面」も「悪い面」もあります。ただ新しい物質や事象が発見され、それを応用する技術が進化していくべきものです。しかし、科学の進歩が、人類に福利をもたらすのか、それとも害となってしまうのか、それはひとえに心を持った私たち人間が新しい科学技術をどう使うのかにかかっているのです。それが今後の課題として、未来ある皆さんに考えていただきたいことです。

 1900年初頭にノーベル物理学賞を受賞したキュリー夫妻という方がいます。その授賞式のスピーチで、夫のピエール・キュリー博士は「自然の秘密を知ることによって、果たして人類は利益を享受できるか、それを利用しようとするのか、あるいはこの知識は有害なものになるのではないか」という問題を提起しました。

 デジタル通信機器の急速な発展によって、私たち人類はかつてないスピードで情報にさらされ、生成AIなどの様々な科学技術が急速に進化する時代を迎えています。これから皆さんは、どのような社会に生き、どのような生活をするのか、想像してみて下さい。今こそ、「考える力」の重要性が増してきています。AIから得られるのは既存の知識であり、膨大な情報のまとめです。そこには新しいものを生み出す「知恵」や、人としての「想い」はありません。先ほどから私が申し上げていることは、デジタルには、人の心を読み解くことができないということです。例えば、テストの採点はできても、間違え方や文字の乱れなどから、子供たちの理解度や心の動きを読み取ることはできないのです。先日お亡くなりになった数学者・広中平佑博士は、「無駄なように思えることを、人は考え、美しい理論を導き出したりする。AIにはできないことです。」と、自分の頭で考えることの大切さを説かれました。

 これからの社会を担う皆さんには、加速化する科学技術の進歩のなか、正解のない問いに対する様々な判断が求められることと思います。しかし、皆さんには、南北600kmに及ぶ、豊かな自然と固有の文化・伝統を持った広大な本学キャンパスで学んだ実力が備わっています。自分を信じ、困難を恐れず、勇気を持って一歩を踏み出して下さい。本学で身につけた力を活かして考え、悩みながらも成長を続けて下さい。新しい発見とその応用によって急速に変化していく社会の中で、科学技術のもたらす功罪をしっかりと見極め、失ってはいけないものの価値を見直し、「本当の豊かさ」を見失わないよう、考え続けて下さい。バランス感覚というものを、養い続けていただきたいと思います。皆さん一人ひとりが歩みを進めて、素晴らしい未来を築いていかれることを祈念しまして、私の告辞といたします。


令和8年3月25日
鹿児島大学学長 井戸章雄