代数学における一般抽象化
一般抽象化は、数学では時に重要な役割を果たします。例えば、整数全体と(実数係数の)多項式全体は多くの似通った代数的性質を持つことから、共通の枠組みで扱えると期待できます。実際に、適切な条件を満たす和と積の構造を抽出することで、これらを具体例に持つ「環」という概念が定義されます。環を調べることで、こうした具体例に適用可能な一般論が得られます。
あるいは、学部の代数学の講義で扱う『線形代数学』や『群論』を思い出してみましょう。線形代数学では和と定数倍(=スカラー倍)の構造を持つ対象である「ベクトル空間」を扱っています。群論で扱う「群」とは、適切な条件を満たす積の構造を持つ対象のことです。この場合にもやはり、身近な具体例の持つ構造を抽出して調べることで、適用範囲の広い一般的性質が演繹されています。
一方でこうした一般論が発展すれば、これらの抽象概念自体に数学的な対象としての興味が持たれるようになるのも自然なことです。すると次は、更にもう一段階抽象化して、そうした対象を統一的に扱う枠組みはあるか、と考えたくなります。一つの側面ではありますが、圏論では「矢印」を用いてこれを実現することができます。
枠組みとしての圏論
数学の長い歴史の中で、圏論は70年ほど前に誕生した比較的新しい分野です。高い抽象度ゆえ応用範囲は広く、様々なものを大雑把に矢印で記述することができます。上述のベクトル空間、群、環といった代数系は、線形写像や準同型などの対応を用いて性質を調べられますが、これらは圏の「矢」と見做せます。実際には代数に限らず、数学的「対象」とその間の「矢」が考えられるところには、多くの場合に圏が潜んでいます。また近年では、数学に限らず色々な分野に圏が現れているようです。
自分の研究では、代数分野に現れる枠組みを圏論で捉えることを目的としています。素朴な対象よりもそれを扱う道具の方に興味があるという点で、少し特殊かもしれません。主に有限群論や、環の表現論と呼ばれる分野にお世話になり、この周辺に出現する圏論的概念について調べています。特に、圏論の中でもホモロジー代数(※1)に携わることが多いです。ホモロジー代数で用いる最も重要な圏は「アーベル圏」と「三角圏」であり、いずれもグロタンディーク(※2)の仕事が深く関わっています。最近は、これら二つを融合する圏のクラスについて考えています。
用語解説
(※1)環上の加群のなす圏などで、像や核などを用いた議論をします。
(※2)Alexander Grothendieck (1928~2014)